Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜
 懐かしい気分に浸りかけたところで、春香は頭を横に振って現実に戻ってくる。

「違う違う! なんでヒロくんがここにいるの?」
「ん? だってここ、うちの店だから」
「うちの店……?」
「そう。俺の実家、結構長く続いてる老舗の和菓子屋でさ、本店とは別に若い人向けのカフェを展開することになって、この店がオープンしたんだ。まぁここは兄貴の奥さんが店長だから、俺はただのお手伝い。普段は本店で和菓子職人やってるし」

 卒業する時、彼は自身の進路について誰にも話さなかった。連絡先を知っている人も僅かだったため、卒業後の博之については謎とされていたのだ。

 まさか和菓子職人になっていただなんて……。茶色だった髪色は黒くなり、制服は着物になった。でも変わらない話し方や声色にホッとする。

 そんな中で博之が目の前の椿に微笑みかけると、椿も嬉しそうに笑顔を返した。その様子はどう見たって、恋人同士のやり取りにしか見えない。

「もしかして椿ちゃん……」

 春香は目を(しばた)かせながら、興奮のあまり鼻息が荒くなっていく。それはまさに推しと推しが付き合うことになったような感覚だった。

 すると博之は春香の肩に手を載せ、キラキラした瞳で春香を見つめた。

「まさか佐倉と椿が仲良くなっているなんて知らなくて、本当にびっくりしたよ」
「それはこっちのセリフ! いつの間に再会してたの⁈ というか、なんで私に言わないのよ〜!」

 春香が言うと、椿は困ったように笑う。それを見てなんとなく彼女の気持ちがわかったような気がした。

「もしかして、私が傷付くと思った?」
「というか、逆に想像出来なかった」

 もし立場が逆だったらどうだろう。確かに反応が予想出来ずに言いそびれるかもしれない。

「前に私、椿ちゃんに言ったはずだよ。私はもうフラれてるけど、椿ちゃんにはまだチャンスがあるって! 何があったかはわからないけど、そのチャンスをモノにしたのは椿ちゃんなんだから、もっと自信持ちなさい!」
「春香ちゃん……」
「あとヒロくん、私にとってはもうヒロくんのことは過去の出来事なわけ。友達以上には思ってないし、自惚れないでね。わかった?」

 春香が得意顔に鼻をうごめかすと、博之は急に声を上げて笑い出す。

「佐倉カッコいい! あの頃よりも更に男前になってる!」
「……なんで私が男前なの? 可愛い先輩一位って言われてたのに」
「見た目はね。でも中身は誰よりも頼りがいのある友達だった」

 "友達"と呼ばれても全然悲しくないのは、やはり博之のことを吹っ切れている証拠。それよりも大好きな友人の幸せを共に祝いたい気分だった。

 春香は椿の方に向き直ると、嬉しそうに微笑み彼女の頭をそっと撫でる。

「ずっとこんな日が来ることを願ってたの。だから私もすごく嬉しい! おかげで恋がしたくなって来ちゃったー! というかもう一度聞くけど、二人はいつ再会したの?」
「うーん、まぁそれはそのうち話すよ」

 楽しく話していた博之だったが、突然真顔になると、真剣な眼差しで春香を見つめた。
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