甘美な果実
 そんなようなことを言われ、あまりの器の大きさに驚愕したと両親は俺に話してくれた。命を奪いかけたことを深く詫びても、結果的には奪わずに済んだのだからと許すような言葉すら返され、訪ねた両親の方がたじろいでしまうほどだったらしい。一体篠塚はどのような言い回しで、俺に大怪我を負わされたその過程を、自身の両親に説明したのだろう。学校での篠塚としか関わっていないため、家での彼がどういうタイプなのか、学校でも家でもあまり変わらないのか、それとも、激変するのか、よく喋るようになるのか。俺には見当もつかなかった。

 その件に関して、親同士は一段落ついたようだが、子供同士ではまだ何も解決していなかった。きっとこのまま、篠塚との関係は自然消滅していくだろう。その方がお互いのためになるのではないか。

 実際に喰われ殺されかけたことで、篠塚も目が覚めたはずだ。俺と関わったことも、好きになったことも、今では後悔しているはずだ。嫌ってくれた方がいい。それで俺がフォークでなくなるわけではないが、嫌って避けて警戒してくれた方が、俺だけが馬鹿にみたいに自衛しなくて済む。近づいてくる篠塚を喰わないようにするために、傷つけないようにするために、神経を擦り減らすこともなくなる。俺は殺人鬼などになりたくない。

 唾を飲んで、目を閉じた。らしくもなく考え込んでしまい、これからの人生が不安になった。明日すらも、不安だった。その不安を、眠ることで打ち消そうとする。眠ったところで、変わることなど何もないだろうに。一時的な現実逃避でしかなかった。それでも俺は、惰眠に縋りついた。

 ベッドの中で丸くなり、俺の心を乱す都合の悪い事柄から目を背けるように、一定のペースでゆっくりと呼吸を繰り返して眠りにつこうとした。が、まるでそれを邪魔するかのように鳴り響いたスマホの着信音に、俺は意識を引き戻されてしまう。
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