甘美な果実
 滅多に鳴ることのないスマホの音に眠りを妨げられ、閉じていた瞼を開ける。仕方なく、重たい身体をのろのろと起こして布団から出た俺は、机の上で音を立てているスマホを手に取った。画面には海崎紘とあった。

 メッセージではなく通話であることに、何かあったのだろうかと途端に胸が騒めき始める。紘に。篠塚に。何か良くないことが起きたとでもいうのだろうか。だとしても、不登校の俺にできることなど何もない。

 何でもかんでもマイナスに考えてしまいながら、画面を指でタップして。スマホを耳に当てた。はい、と思っていた以上に低い声で応答すると、うわ、声ひっく、と深刻そうでも何でもないいつもの紘の明るい声に突っ込まれた。俺の倍近くはありそうな声量だった。胸の騒めきが消えた。

「何の用?」

『うーん、そうだな、ただの生存確認?』

「生存確認」

『とっくに停学明けてんのに未だに学校に来る気配ないからさ、どっかで野垂れ死んでんのかなって』

「悪いけど死んでない」

『はは、悪くないじゃん、良いことじゃん。本当に死んでたらどうしようかと思ってたわ』

 声はちょっと死んでるけど、身体はちゃんと生きてるっぽいから良かったわ、安心安心。紘はどこか声を弾ませながら、軽い口調で付け加えた。俺の声は死んでいるらしい。意味もなく喉に触れてみた。喉。喉。脳裏に蘇る。篠塚のそこを殺す勢いで噛んだことが。紘にバレないように息を吐いて、俺は心を落ち着かせた。

 ふと、スマホの向こう側から、車の通り過ぎるような音が聞こえた。その音に注意が向くと、不意に外の空気のような、そんな微かな気配を感じた。どうやら、紘は今、室内ではなく室外にいるようだ。普通だったら学校にいる時間帯のはずだが、紘は登校せずにどこかへ向かっているのだろうか。停学処分の一ヶ月はとうに過ぎているのに、一切学校へ行けていない俺が言えたことではないが。
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