甘美な果実
『瞬、あのさ、今から瞬の家行っていい?』

「……は?」

『いやもう向かってるんだけどな。何ならもう家見えてるんだけどな』

 どこかへ向かっているとは思ったが、それが自分の家だとは思わず、間の抜けた声が漏れてしまった。しかも既に家が見えている距離まで来ているらしい。一体何をしに。

 俺に呼び出されたわけでもない中、勝手に訪れて来たのは紘の方だったが、今更引き返させるのも申し訳ない。来てしまったものは仕方がないと諦めざるを得ないまま、俺は紘を自宅に迎え入れることにした。どうせ両親はいない。家には俺しかいない。部屋で鬱々と一人でいるよりも、誰かといた方が、あれこれ思考を巡らせて懊悩してしまうような自傷じみた無駄な時間を削れるだろう。

「通話は、ただの生存確認じゃなかったのかよ」

『それも込みだよ。でも一番の目的はこっちなんだよな。相談というか報告というか、ちょっと聞いてほしいことがあってな』

「……それのために学校サボった?」

『……停学食らった上にそれが明けた今も学校に来てない引きこもりのような素行不良にだけは言われたくねぇわ』

 家着いたらぶん殴るぞ。怒涛の勢いで責められ、脅され、冗談の絡みだと分かっているのに、本当にぶん殴られそうだと危機を感じた俺は、着いたら教えて、と瞬時に話を逸らした。着いたらぶん殴られてしまうかもしれないが。そこは殴り返せばお互い様だ。

 紘と、いや、紘に限らず誰とも、殴り合いの喧嘩などしたことはないが、今日がその日になってしまうのだろうか。特にそのような展開になる程の喧嘩をした覚えはないのに。

『もう少しで着くから、殴られる覚悟しとけよ』

「殴る気満々なのやめろ」
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