甘美な果実
 停学前に相当苦しそうな瞬を見てたから、これからどうなることかと思ったけど、今は顔色もそんなに悪くはないし、余裕もありそうだし、元気そうで良かった。両手で俺の肩を叩いて笑って見せた紘は、邪魔するな、と靴を脱いで玄関を上がった。

 あの惨劇を目の前で見せられた紘も紘で、ストレスを覚えていたり、トラウマになっていたり、何かしらの精神的なダメージを受けていてもおかしくないのに、彼はそのような表情を一切見せなかった。俺の前だから取り繕っているのか、本当にノーダメージなのか。紘の背中を見ても、内に秘める真意など計れなかった。

 紘に遅れて靴を脱ぎ家に上がった俺は、階段の前で立ち止まって、二階かリビングかそれ以外か、どこで腰を据えるのかを尋ねるかのように振り返る紘に気づき、二階行って、と先を促した。それを受けた紘が俺の顔を凝視し、それからなぜか嫌らしく口角を持ち上げる。瞬のテリトリーで二人きりにさせる気だな、何だよ、何すんだよ、ドキドキさせんなよ。それはしてない奴が言う台詞でしかないし、今は両親いないからどこにいても二人きりだろ。

 紘の冗談を即座に切り捨てるように適当に返答し、聞いてほしいことがあるんじゃないのかよ、と本来の目的を思い出させるように続けて。紘の背中を軽めに押した。嫌らしく持ち上げていた口角を元に戻した紘は、あるよ、あるある、めちゃくちゃある、とさほど重要でもなさそうな軽々しい口調で大仰に言い、ようやく前に進み始めた。

 二階に上がり、俺の部屋に入るや否や、紘が興味津々な表情で中を見回した。初めてここに足を踏み入れたわけではないはずなのに。特に珍しいものなどないはずなのに。何をそんなに興味が掻き立てられるのか。

「生活感ある部屋じゃん」

「生活してるからな」

「瞬の抜け殻もあるじゃん」

「抜け殻?」
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