甘美な果実
 紘の視線を辿った先にあるベッドの上に、着替える前に俺が着ていた服が乱雑に放置されていた。なるほど、言い得て妙だ。畳まれることなく脱ぎ捨てられているような様は、確かに抜け殻のようだった。

 ベッドに近寄り、自身が脱ぎ捨てた服を簡単に畳んで隅に置いた俺の背後を通った紘が、どっか適当に座らせてもらうな、と場所を探ってすぐ、ベッドに凭れかかるようにして床に腰を落ち着けた。音がなくなる。どことなく、空気が変わるのを実感する。笑い飛ばせる冗談も、取るに足らない会話も、終いなのかもしれない。

「今から、聞いてほしいこと聞いてもらうから」

 俺にしては結構真面目な話だし、瞬にも関係ある話。緩かった雰囲気がきつく締まり、張り詰めたものに変化する。おちゃらけることの多い紘から伝わる重ための緊張感に思わず唾を飲んだ。俺が思っている以上に、その話題は深刻なのかもしれない。

 真面目な話で、俺に関係のある話と言われて瞬時に思いつくのは、フォークやケーキのことであり、保健室でのことであり、あれから一度も顔を合わせていない篠塚のことであった。恐らくだが、紘と馬鹿な会話を交わすことで成していた短い現実逃避の時間は終了だろう。俺は足掻くことを諦め、間を空けて紘の隣に座った。その行動が、俺なりの姿勢であり、覚悟だった。紘が、息を吸った。静かに、切り出した。

「最近な、篠塚の様子がおかしいんだ。ずっと緊張してるみたいで。瞬とのことが物凄い時間差でメンタルに響いてきたのかと思ったんだけどな、違うんだよ。流石に心配になって話を聞けば、篠塚、近々自分が、自分を含む家族が、殺されるかもしれないって。そんな悪い予感がするって。それで、食事も喉を通らないくらい動悸がして苦しいって。泣き始めたんだよ。パニックにもなって、挙げ句の果てには、瞬に食べられたいだとか、どうせ殺されるなら瞬に殺されたいだとか、瞬に食べられて殺されたいだとか、瞬に自分を全部丸ごとあげたいから会わせてほしいだとか言い出して。俺、どうすればいいのか分かんねぇんだよ」
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