甘美な果実
 空気がずっしりと重かった。口にはしていないが、紘も連続殺人鬼のことを思い浮かべているだろう。篠塚の話を聞いた時から既に、そのような考えに至っているに違いない。篠塚自身も、次は自分であることを自覚しているはずだ。だからこそ、泣いてしまうほどに怯えている。俺に喰われて殺されたいとまで願っている。篠塚の恐怖と願望、どっちに転んでも、辿り着く先は真っ暗闇の地獄のように思えた。

「……俺は、篠塚が望んでいようとも、篠塚を喰い殺したいと思っていても、そんなことはしたくない」

「それは、そうだ。喰ってしまわないように堪えている瞬に、篠塚の願いを叶えてあげろ、なんて言うつもりはねぇよ。誰も殺されないのが一番だから」

 だから、どうすればいいのか、どうすることが正解なのか、篠塚を救えるのか、分からないのだ。途方に暮れて俺に助けを求めに来ても、これだという明確な答えなど出るはずもなかった。話を聞いて、ただ、何の解決にもならないような自分の意見を伝えることしかできない。

 殺されるかもと不安を覚えている篠塚を、このまま放っておきたくはないと思っていても、そのために何をすべきなのか、何ができるのか、俺は何も思いつかなかった。犯人を捕らえれば済む話だと、実際に捕らえる瞬間を妄想するのはあまりにも簡単だが、その道のプロである警察ですら解決に苦戦している事件で、何の知識も技術もない素人の自分たちに一体何ができるというのか。

「篠塚の悪い予感が当たらないように、どうにかしたい。あの殺人鬼が、篠塚を捕食しようとしているのなら、今すぐにこの手で捕まえてやりたいし、ぶっ殺してやりたい。これまでに犠牲になった人たちのためにも」

「気持ちは分かるけど、どうやって。誰が犯人かも分かってないのに、どうやって捕まえるつもりだよ。仮にもし、特定できたとしても、相手は大量に人を殺してる。勝ち目なんてあるわけない。危険すぎる」
< 120 / 147 >

この作品をシェア

pagetop