甘美な果実
 思えばいつも、最初にコンタクトをとるのは紘の方だった。俺から彼に声をかけることも、どこかに誘うことも、ほとんどないと言っても過言ではなくて。積極的な紘のおかげで、良い関係が築けていただけに過ぎなかったのかもしれない。

 紘に甘えて受け身で居続けたせいか、連絡を取ろうにも、自嘲してしまいそうなくらい何も言葉が出てこない。それは決して、気まずさだけが原因ではなかった。小さな歪みで関係が拗れ、噛み合わなくなってしまったことと、自分の短所でもあるコミュニケーション能力の低さが、無力で無能な結果を招いているのだ。

 俺の心持ちを体現しているかのように、やたらと重量を感じるスマホを机の上に置いた。こんな時なのに、腹が減っていた。何一つ状況は変わっていないのに、何も進展していないのに、俺は腹が減っていた。腹が減るほどに、時間が経っていることを思い知らされた。それだけ、紘とのことを引き摺っていることも、思い知らされた。

 考えたくなどないのに、空腹を覚えてしまうと、嫌でも篠塚のことが頭に浮かんでしまう。喰いたかった。俺に喰われたいと思っているのなら、そうしてしまいたかった。箍なんか外して、たらふく詰め込んでしまいたかった。

 また、不純な食欲を、意識して堪えなければならない時間が来てしまい、酷く気分が落ち込んだ。毎日。毎日。毎日毎日毎日毎日。毎日訪れるこの時間が、苦痛だ。腹なんか、減らなければいいのに。

 自分からアクションを起こすこともできていないにも拘らず、一向に良くならない現状に嘆いてしまいそうになりながら、俺は少しでも腹を満たして心の安寧を保とうとした。

 机に無造作に置いているカバンに手を伸ばし、入れっぱなしにしている飴を袋ごと取り出す。その際、手が滑ってしまい、個包装されている飴が零れ、机や床に落下した。軽いはずの飴の叩きつけられるような音が、やたらと耳に重たく響いた。
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