甘美な果実
 精神的に安定していれば気にもしないような小さな瞬間のはずなのに、それまでの付けが一気に回ってきたかのように悪いことが続いていて、何もかもがダメだ、何をしてもダメだ、と鬱になりそうなほどにネガティブな気持ちになってしまった。

 無表情のまま機械的に、落ちた飴を拾い集めた。まずは机の上。掻き集める。次に床。腰を屈めつつ膝を折って、掻き集める。そして、落ちた最後の一つを指先で掴んで。包装を裂いた。黙って口を開き、その中に放り込んだ。奥歯で噛んだ。食べた。甘さが口内に広がった。足りなかった。もう一個、包装を破って、食べた。噛んで、噛んで、噛んで。舌まで、噛んだ。痛みが走り、反射で目が濡れた。

 些細なこと。小さなこと。気にしないようなこと。笑い飛ばせるようなこと。それなのに、極小の塵のようなストレスが積み重なったことによるその重みに堪えられず、舌の痛みのせいだけではない嗚咽が漏れた。また、柄にもなく泣いてしまった。俺の中の何かが、音を立てて崩壊した。大したことなどないはずの事象なのに、絶望のようなものを感じていた。この先の未来が、暗い闇に包まれているかのようだった。光が、見えなかった。俺が傷つけてしまった紘が、唯一の、それだった。

 どのくらい泣いてしまっていたのか、どのくらいぼんやりしていたのか、どのくらい時間が経ったのか、すぐには判断できないくらいに自分を見失っていたらしく、気づけば俺は酷く憔悴していた。言葉にできない虚無を感じていた。一つの失態で足場が脆く崩れ、それが精神にまで影響を及ぼし、あっという間に深淵に飲み込まれていくような感覚が続いていた。人の心は、あまりにも簡単に壊れてしまうようだった。

 外はもう暗くなっている。明るさを失ったことで、電気を点けていなかったこの部屋も、俺の心理状態を表しているかのように暗くなっていた。一日の終わりでありながら、まだ終わりではない長い夜が、俺の知らない間に訪れていた。
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