甘美な果実
「しの、づか……」

 気づけば、嘔吐いていた。散々吐いたのに、出るものなどもうないはずなのに、俺は嘔吐いていた。嘔吐いてしまっていた。篠塚を見て。男の両手に抱えられ、首だけで俺の前に表れた、変わり果てた篠塚を見て。生々しく痛々しい、猛獣が肉を噛み千切ったような痕が首筋に残っている篠塚を見て。嘔吐いてしまっていた。それは紛れもなく、俺の知っている篠塚だった。俺が喰って傷つけてしまった篠塚だった。篠塚の、生首だった。

 なぜ。篠塚が。なぜ。なぜ。ぐるぐると、疑問ばかりが頭に浮かぶ。でも。本当は。分かっている。篠塚が、ケーキで。目の前のこの男が、フォークで。恐らく、いや、間違いなく、この男が、この男こそが、俺の両親すら殺したこの男こそが、一家殺害事件の犯人で。最低最悪なシリアルキラーで。篠塚の家族も、全員。この殺人鬼に。

 今日、聞いたばかりだ。篠塚が、近々殺されるかもしれないと怯えているという話を。今日、聞いたばかりなのに。その近々が、今日だなんて。なぜ。なぜ。なぜ。どうして。どうして。なぜ。篠塚。篠塚。なぜ。

 追いつかない。追いつけない。ショッキングな出来事が押し寄せすぎて、処理が、追いつかない。ずっと、追いついていない。追いついていなくとも、頭に多大な情報が無慈悲に流れ込み続ける。息が上手く吸えず、吐けず、目の前が見えなくなりそうだった。脳内で、思考という名の濁流が激しく渦巻いていた。

 篠塚のことを俺に相談してくれた紘と、意見が食い違って気まずくなった。彼との関係を修復できないまま夜になった。夜になると殺人鬼が動き始めた。篠塚を含めたその家族を当然のように皆殺しにした。そして、何を思ったのか、俺と食事をするためだとして、篠塚の首を切断した。それを持参して俺の家を訪ねた。俺の両親を息をするように殺した。一家を殺害しているのに、俺のことは殺さなかった。リビングに連れて行かれ、篠塚の生首を見せられた。俺は今にも発狂してしまいそうだった。
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