甘美な果実
 異常な気の狂い方をしている男が饒舌に語ったその内容を耳にして、俺の中に巣食っていた既視感の正体が唐突に明らかとなった気がした。飲食店。篠塚に誘われ、紘も含めた三人でそこへ行った時、異質な男の姿を目にしていたことを思い出す。そして、俺はそこで、篠塚のことを喰ってしまいそうになった。それを紘が止めてくれた。男の記憶と合致している。

 ただ、その時にも、既視感のようなものを覚えていた。当時の既視感の正体も、一目見た時、という何気ない台詞を聞いて降ってくるものがあった。思い当たる節があった。紘と並んで歩いたある日の帰り道、俺は男とすれ違った記憶がある。一切感情のない死んだ目と、真っ黒な服。自らの手で両頬を持ち上げる、男の癖のような異端な仕草。人形として動いているような不気味な人間。

 思い出した。全部、思い出した。思い出して、底知れない絶望の淵に叩き落とされた。すれ違ったあの時から、男に目をつけられていたのだとしたら。この悲劇を招いたのは。俺の両親が殺されたのは。篠塚が首を切断されてしまったのは。

 限界に達している俺の眼前に、手の届く距離に、篠塚の首を静かに置いた男は、再び段ボールに手を入れた。最悪な形で篠塚と目を合わせた俺は、壊れたように篠塚篠塚と呟きながら両手を伸ばし、彼の首を持って自分の元へ引き寄せた。冷たかった。冷たくても、それくらいのことでは、俺の食欲などなくならなかった。なくなってくれなかった。

「瞬くん、これが俺の好物。大好物」

 終始頭のおかしい男が振り返り、左手に持ったものを見せてきた。片手に乗るくらいの大きさのものが何なのかを理解して、反射でまた吐きそうになったが、流石にもう出るものは何もなく、申し訳程度に、粘り気のある液体がとろりと垂れ落ちただけだった。
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