甘美な果実
 俺は立ち上がり、尻を引き摺って逃げようとする彼に近づいた。殺さなければ。息の根を止めなければ。処分しなければ。このまま生きて帰すわけにはいかない。逃がさない。俺の作業の邪魔をするような人間は消さなければならないのだ。大丈夫。大丈夫。ここには仲間がたくさんいる。俺は一人にはさせない。優しいから。俺はとても優しいから。死んでも一人ではない。一人にはさせない。俺は優しい。とても優しい。

 這ってでも俺から距離を取ろうとする彼の髪を掴み、叫ばんとする前に、左手に持っていた肉切り包丁で頸動脈を切りつけた。でも、首を切断した際に刃こぼれしてしまったのか、切れ味があまり良くないように感じ、俺はもう一度同じ箇所を傷つけた。まだ引っ掛かりを覚える。もう一度。抉るようにして。もう一度。もう一度。

 少しだけ不安だった。やはり、使い慣れているナイフの方がいいのかもしれない。俺は肉切り包丁を手放し、ポケットからナイフを取り出した。邪魔者はもう既に絶命しているようだが、殺したという確かな感触を味わいたいがために、違和感なく手に馴染むナイフで血塗れの首を改めて切った。頷く。間違いない。確実に殺した。

 ゴミを捨てるようにして髪の毛から手を離し、作業を再開するためにケーキの元へ戻った。立てていた首と目が合い、俺は口角を持ち上げた。今から心臓を奪う。躊躇なく胸にナイフを突き刺し、肉を切り、それによってできた隙間を広げる。手を突っ込み、身体の中を弄った。心臓を見つけ、鷲掴み、ぶちぶちと繊維を引き千切りながら、それを取り出し、手に入れる。これに関しては、違うことを考えながらでもできる作業だった。

 自分の大好物を入手する方が楽だ。回数が多いからだろう。首の切断は、まだ二回目だ。これから回数を重ねていけば、もっとスムーズに実行できるだろうか。それができれば、瞬くんとの食事も早く始められる。練習あるのみだ。
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