甘美な果実
 あの男は一体何者なのか。ケーキ特有の匂いがしたが、実際にケーキの人と比べると薄かった。それでも俺は、一瞬でも食欲を唆られた。匂いの濃くないケーキもいるのかもしれないが、あの男に至ってはそんな風には見えない。仮にもしケーキだったとしても、まるで不気味な人形のような人間に噛みつこうとする者など。

「さっきの人、相当やばくね? 死んだ目で瞬見ていきなり笑って、死んだ目のまま自分で頬持ち上げて。気味が悪すぎるだろ」

 素性も何も知らない初対面の人に対して酷い言い草ではあるが、流石に俺も今回ばかりはフォローできなかった。紘と似たようなことを思ったからだ。

 普通の人間ではない何かを、俺はあの男から感じ取っていた。関わりたくない人種だ。関わってはいけない人種だ。どこに住んでいるのか知らないが、見かけたら避けるが吉。あの男には悪いが、俺はそうさせてもらおうと思った。それくらい薄気味が悪かった。

「ああいう変わってる人とは関わらない方がいいな。瞬みたいに顔が無駄に良いのはムカつくけど」

 あれこそ顔だけじゃん。あの男のこと何にも知らないけど、絶対顔だけじゃん。可愛くないって思ってた瞬がなんか可愛く見えてきたわ。ツンツンツンツンして、なんか、懐かない猫みたい。ちょっと鳴いてみてよ瞬。にゃーにゃー、って。

 紘の言葉に賛同できたのは前半だけだ。後半はちゃらんぽらんらしくふざけているし、とてつもなく馬鹿にしている。完全に面白がっている。いちいち相手にしていたら身が持たない。これも無視だ。何も聞いていないことにする。

「関わらない方がいいのは同意見。ただただ不気味だった」

「だよな。目が合ってない俺でもそう思うんだから、視線がぶつかった瞬はより一層そう思うよな」
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