甘美な果実
 ケーキの匂いを嗅ぐと食べたくなる。ケーキの人を見ると食べたくなる。だから俺は、ケーキの人とは付き合えない。篠塚が本当に俺のことを好いていて、何かの機会に告白してきたとしても、それは断るしかない。間違いがあってからでは遅いのだ。俺がそっち側のフォークにならないとは限らない。無論、絶対にそうなるつもりはないが、こればかりは気持ちでどうにかなる類のものではないだろう。

「隣の人が陰鬱そうな顔してるから、空気を変えるのと俺の気分転換も兼ねて、また飴を舐めさせてもらうな」

 まだ膨らみのある制服のポケットを弄る紘が、陰鬱そうな顔をしているという隣の人、つまりは俺を見て揶揄うように笑いかけてきた。

 俺が暗い性格でも、暗くなりすぎないのは、紘が明るいからに他ならない。俺と紘は、言わば、陰と陽だ。それらが重なることでちょうどいい塩梅となる。暗くなりすぎず、明るくなりすぎず。

 考え込んでいた俺の顔を陰鬱と表し、飴を舐めさせてもらう、と適当なそれを取り出そうとする紘に、グレープ、と主語もなく味の予想をした。当てずっぽうだ。悪口はスルーだ。それに心が抉られるようなことはない。

「あー、残念、イチゴでした」

「イチゴ」

「瞬にあげたやつだな」

 紘は言い、俺のポケットにある個包装と同じデザインのものを空け、口に放り込んだ。オレンジにレモンにイチゴ。学校の帰り道の間だけで三個も舐めるとは。そんなに一気に舐めて、身体に影響はないのだろうか。そう懸念してしまったが、毎日元気にしているため特に影響はないのだろう。

 時折柔らかな風を受けながら、飴を舐める紘と共にのんびりと歩き続ける。数十メートル先に紘の住む一軒家が見えており、もう少しでこの時間も終了だった。何の生産性のない、明日には忘れているような雑談をしてばかりだが、紘とこうして歩いたり話したりするのは嫌いではない。気を遣わなくていいのは楽だ。
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