甘美な果実
「瞬はもう、この味が分からないんだよな」

 この味、と飴を転がす紘は、俺が舐めた時と違ってイチゴの味をちゃんと感じているのだろう。同じ味を、時間差はあるがお互いに口にしたことで、飴が悪いわけではないことが明白となる。そんなことなど分かりきっていたが。

 味は何も感じない、と適当に流すように頷いて返答した。俺はもうイチゴの味を感じられない。それ以外の味すらも。

「この飴な、めちゃくちゃ美味しいんだよ」

「知ってる」

「知ってんのか」

「紘の中で俺は、飴の味も一切忘れるくらい前から味覚がないのかよ」

「めちゃくちゃ前からではないのは知ってる」

「……めちゃくちゃ地獄始めるなよ」

「その突っ込みをめちゃくちゃ期待してたわ」

「だる。めんどくさ」

「小さく呟いたつもりなのかもしれないけど、めちゃくちゃ聞こえてますが?」

「めちゃくちゃ怠い絡みしてくるな」

 つられて言ってしまうと、紘が盛大に吹き出し、また壺に嵌まったように笑い始めた。めちゃくちゃつられてやんの。うざすぎる。

 恥ずかしい失態を犯した人を指さして揶揄うような笑いも含まれているように感じ、俺は紘を睥睨してしまった。おお、いいじゃん、珍しく目に感情乗ってんじゃん。バシンと背中を叩かれた。ヒュッと一瞬だけ息が止まる。遅れて痛みが走る。睨んだところで、紘にはあまり効果はないようだった。背中が痛い。

「あの不気味な人と比べると瞬の目は凄く生きてる方だけど、あの人を見た後だからそう思うだけで、基本的には死んでるからな」

 それでも俺は、何があっても瞬の親友だからな。目が死んでいようが顔だけだろうが、それこそフォークだろうが全く関係ない。瞬のことが好きな篠塚だって、俺と似たような考えだと思うよ。

 いきなり真面目な話をし始めた紘に半ば意表を突かれながらも、次の瞬間には何事もなかったかのように剽軽に戻る彼にペースを乱される。あー、楽しい。やっぱ瞬といるの楽しい。めちゃくちゃ楽しい。紘はとても自由だ。
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