甘美な果実
2
 自分がフォークになってしまったことは、親にはまだ明かすことができていなかった。伝えるタイミングがない、というのは言い訳に過ぎない。ただ、その覚悟が、俺の中で決まっていないだけだ。

 味覚を失うことで発生する一番の問題は、言わずもがな食事だった。今はなんとか普通を装って摂っている状態だ。味はしなくても食べて飲み込めば腹自体は満たされる。

 そうやって誤魔化して隠す日々が続いている。顔には出さないように細心の注意を払ってはいるが、それもいつまで通用するか分からない。もういつ指摘されてもおかしくないだろう。

 母親が作ってくれた料理を美味しく食べられなくなってしまったことに対して、俺は人知れず申し訳なさを感じていた。ほぼ毎日作ってくれる弁当も、無理やり胃に入れたり、気分によってはどうしても食べ切れず、誰にも、それこそ紘にもバレないように、こっそり捨てたりしてしまうことがあった。罪悪感が膨れ上がるばかりだった。捨てずに残すこともそうだった。

 我慢だらけで、美味しさを感じられない食事。味のするものが食べたくて、ケーキの人間を無意識のうちに探ってしまう嗅覚。偶然それに該当する人を見つけると、途端に溢れ出す唾液。舌を噛んで気を紛らわせ、芽生えた食欲を抑えつけようとする自身の行動。

 それら全てが、俺にストレスを与えていた。人に話せば、大袈裟だと、些細なことだと笑われてしまうかもしれないが、塵も積もれば山となる、だ。積み重なったストレスが、時折俺の情緒を不安定にさせた。

 正直な話、この問題は、時間が解決してくれると思っていた。意地でも身体を慣れさせてしまえば、強制的に順応させてしまえば、どうってことないと思っていた。だが、俺のその考えは甘く、浅はかだったようだ。
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