甘美な果実
血が出ていると自覚したからか、次第にひりつき始めた舌を口内で浮かす。独特の血液の味はしない。でも、赤い液体が、噛んだことによる傷口から出ているような、そんな血流の乱れを感知した。これまで噛み続けてきた付けが回ってきてしまったようだった。
口腔を満たす血が、ケーキのそれだったらいいのに、と浮かせていた舌で唇を舐めそうになり、すぐに自制する。煩悩を弾き飛ばそうと頭を振って、それから一つ、深呼吸をした。流されてはいけない。自棄になってもいけない。自分を傷つけてでも堪え忍ばなければ。気づいた時には既に後の祭りになっているかもしれないのだ。ケーキの匂いが薄くなったとしても、油断は禁物だ。
緊張感を持ったまま、水を求めて男子トイレの扉を開ける。手洗い場と呼べるような場所はそこにしかなかった。
トイレ内に人の姿はない。それにひとまず胸を撫で下ろし、二つある蛇口の一つ、入ってすぐの手前側のそれを捻った。音を立てて落ちる水で手を洗ってから、両手のひらで水を掬い、多少躊躇いつつも仕方がないと諦め、口に含む。傷がついているであろう箇所に水が触れると少し沁みたが、気にせずによく濯いで、吐き出した。透明な液体には血が混じっていた。これは、俺の身体に流れている血だ。
左手が自然と動く。この場には自分しかいないことをいいことに、俺は傷ついた、否、自ら傷つけてしまった舌をほんの少しだけ出し、痛む部分を指先で触った。人前ではできない行動だった。
濡れた指を見る。薄く血がついていた。触れた感覚が残るそこから、まだじわじわと出ているようだ。しばらく止まらないかもしれない。
手を洗い、再度水を掬って、口を濯ぐ。そうして吐き出した水には、先程よりかは少ないものの、やはり赤が含まれていた。
口腔を満たす血が、ケーキのそれだったらいいのに、と浮かせていた舌で唇を舐めそうになり、すぐに自制する。煩悩を弾き飛ばそうと頭を振って、それから一つ、深呼吸をした。流されてはいけない。自棄になってもいけない。自分を傷つけてでも堪え忍ばなければ。気づいた時には既に後の祭りになっているかもしれないのだ。ケーキの匂いが薄くなったとしても、油断は禁物だ。
緊張感を持ったまま、水を求めて男子トイレの扉を開ける。手洗い場と呼べるような場所はそこにしかなかった。
トイレ内に人の姿はない。それにひとまず胸を撫で下ろし、二つある蛇口の一つ、入ってすぐの手前側のそれを捻った。音を立てて落ちる水で手を洗ってから、両手のひらで水を掬い、多少躊躇いつつも仕方がないと諦め、口に含む。傷がついているであろう箇所に水が触れると少し沁みたが、気にせずによく濯いで、吐き出した。透明な液体には血が混じっていた。これは、俺の身体に流れている血だ。
左手が自然と動く。この場には自分しかいないことをいいことに、俺は傷ついた、否、自ら傷つけてしまった舌をほんの少しだけ出し、痛む部分を指先で触った。人前ではできない行動だった。
濡れた指を見る。薄く血がついていた。触れた感覚が残るそこから、まだじわじわと出ているようだ。しばらく止まらないかもしれない。
手を洗い、再度水を掬って、口を濯ぐ。そうして吐き出した水には、先程よりかは少ないものの、やはり赤が含まれていた。