甘美な果実
 唇を噛んだ。舌ではなく、唇を。噛んだ。そうして、自分の苦悩を他責する荒んだ思考を打ち消した。それ以上考えてしまったら、篠塚に責任転嫁し続けてしまったら、彼を無闇に傷つけてしまう。彼は悪くない。悪くないからこそ、俺が彼を責めるのは、ただの八つ当たりに過ぎない。情けない。醜い。無感情になりたい。

 篠塚を突き放した今、もう彼には頼れない。元よりそんなつもりはなかったが、お願いすれば指の先くらいは舐めさせてくれたかもしれない。篠塚が俺に本気だというのなら。その一縷の望みを、俺は自ら消し去ったのだ。そんな可愛いものではないと自覚したから。

 溜まりに溜まり、膨れ上がった欲求は、破裂寸前だった。でも、これは自分の責任だ。何か対策をする期間はいくらでもあったのに、あれやこれやと理由を作って何もしてこなかった自分の責任。馬鹿な自分が撒いた種だ。自分で刈り取らなければ。

 誰とも目を合わせないように俯き、息を潜めるようにして階段を上った。二階から、三階、四階へ向けて。屋上へ行こうと思った。実際には、屋上へと続く扉の前。屋上は立ち入り禁止だ。鍵がかかっている。それを生徒はみんな知っているため、わざわざ屋上前で屯するようなこともないだろう。誰もいないはずだ。

 すれ違う人の気配や視線を感じても顔を上げることなく、ひたすら呼吸を浅くして歩き続けた。どこかにケーキがいるかもしれない。他学年のことまでは把握していないため、警戒心を解くことはできなかった。こんなところで問題を起こしてしまったら洒落にならない。

 緊張感を持ったまま、校舎の最上階に辿り着く。四階よりも更に上。一応五階に相当するであろう場所。目の前には行き止まりのように壁がある。その近くには施錠された扉。取っ手に触れてみる。ひんやりとしていた。冬は冷たく感じるだろうが、今は夏だ。ちょうどいいと感じる温度だった。
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