甘美な果実
「ちょっと飴舐める」

「急に話飛びすぎだろ」

「禁断症状」

「それは重症」

「瞬も舐める?」

「実は凄く舐めたい」

「瞬も人のこと言えねぇじゃん」

 紘はおかしそうに吹き出してから、ポケットを弄り始めた。自由奔放な紘の唐突な話題転換についていけた自分を褒めてやりたくなった。

 適当な飴を取り出した紘が、包装を破いて口に入れる。明るめの黄色。レモン味かもしれない。そう聞けば、当たり、と紘は裂いたそれを人差し指と中指で挟んで証明してきた。こういうのは色で大体分かるよな。分かるな。

 中身が抜き取られ空になったゴミを、紘は反対側のポケットに押し込む。飴を味わう紘を見て、俺も彼に倣うようにカバンの方から飴を手に取った。その際、癖で周りを確認してしまうと、俺たち、二人きりなんだよな、と耳元で紘の声がして飛び上がりそうになった。顔を向けると、身を乗り出していた紘と視線がぶつかる。分かりやすく睥睨しそうになったが堪え、何事もなかったように顔を背けた俺は、飴を一つカバンから取り出しながら口を開いた。

「近い。耳元で囁くな。気色悪くて鳥肌が立つ」

「酷い言い様じゃん」

 俺以外の人を気にしてる風だったから教えてやっただけなのに。それなら普通に教えてくれればいいだろ。瞬はいつも澄ました顔してるから動揺させてやろうと思って。不愉快なだけだった。だろうな、瞬はサドだから。それは関係ないと思うけど。あるある、大ありよ、耳元で甘く囁かれてドキドキする人はマゾっ気がある、っていうのが俺の個人的な見解なんでね。ああ、そう。めちゃくちゃ興味なさそう。興味ないな。

 紘以外に人がいないことを訳の分からない方法で教えられ、且つ、自分の目でも確認したところで、俺は堂々と、持参するようになった飴を口内に放り込んだ。紘と同じ類のものではあるが、味は全くの別ものだ。これを紘が舐めても、美味しいとは思わないだろう。害はないとは言われているが、進んで舐める気にはならないはずだ。俺が紘の持つ飴を美味しく舐められないように。
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