甘美な果実
しかしながら、ここで篠塚の誘いを断れば、それはただ逃げているだけのようで。腰を据えて話せるこの機会をみすみす逃すのは憚られる。篠塚に隠し事をし続け、嘘を吐き続けるのは、正直、もう、疲れた。
「……行く」
痰が絡まったような、苦しげに絞り出すような、そんな声が出てしまった。んん、と咳払いをして、もう一度、行く、と口にして篠塚と目を合わせると、彼は微妙に暗かった表情を明るくさせ、安堵したように、それから嬉しそうに、ありがとう、渕野くん、と口元を綻ばせた。
俺の言動に一喜一憂する篠塚は、目の前にいる人物がフォークであることを知ったら、一体どんな表情を浮かべるのだろう。篠塚のフォークに対する見解が、俺には予想できなかった。フォークやケーキに関する話は自然と避けるかのように、俺も、紘も、篠塚も、積極的にはしてこなかったのだ。ワイドショーで殺人鬼について大々的に取り上げられていても、ほとんど話題にはしなかった。その殺人鬼はまだ、捕まっていない。正体すらも、判明していない。
フォークの俺を前にしても無防備なケーキの篠塚は、自分の靴の踵を指先に引っ掛けてその場に置き、シューズを脱いで履き替えた。
脱いだシューズを靴箱にしまう篠塚の行動をぼんやりと眺める。彼からは甘い香りがしていた。喰いたくなってくる。でも、喰うわけにはいかない。紘に背中を預けているとしても、理性を保てる時は保つよう常に意識していた。まだ大丈夫。まだ余裕がある。俺は俺でいられる。
篠塚に続いて紘が靴に履き替えるのを待ち、その後、三人並んで歩みを進めた。俺の左側に紘、右側に篠塚。なぜか俺が真ん中だった。左側に紘がいるのは慣れたものだが、右側に篠塚がいるのは少し落ち着かない。それは、彼でなくとも同様だった。
「……行く」
痰が絡まったような、苦しげに絞り出すような、そんな声が出てしまった。んん、と咳払いをして、もう一度、行く、と口にして篠塚と目を合わせると、彼は微妙に暗かった表情を明るくさせ、安堵したように、それから嬉しそうに、ありがとう、渕野くん、と口元を綻ばせた。
俺の言動に一喜一憂する篠塚は、目の前にいる人物がフォークであることを知ったら、一体どんな表情を浮かべるのだろう。篠塚のフォークに対する見解が、俺には予想できなかった。フォークやケーキに関する話は自然と避けるかのように、俺も、紘も、篠塚も、積極的にはしてこなかったのだ。ワイドショーで殺人鬼について大々的に取り上げられていても、ほとんど話題にはしなかった。その殺人鬼はまだ、捕まっていない。正体すらも、判明していない。
フォークの俺を前にしても無防備なケーキの篠塚は、自分の靴の踵を指先に引っ掛けてその場に置き、シューズを脱いで履き替えた。
脱いだシューズを靴箱にしまう篠塚の行動をぼんやりと眺める。彼からは甘い香りがしていた。喰いたくなってくる。でも、喰うわけにはいかない。紘に背中を預けているとしても、理性を保てる時は保つよう常に意識していた。まだ大丈夫。まだ余裕がある。俺は俺でいられる。
篠塚に続いて紘が靴に履き替えるのを待ち、その後、三人並んで歩みを進めた。俺の左側に紘、右側に篠塚。なぜか俺が真ん中だった。左側に紘がいるのは慣れたものだが、右側に篠塚がいるのは少し落ち着かない。それは、彼でなくとも同様だった。