甘美な果実
「そうだ篠塚、飴あげる」

 校門を出たところで思い出したように声を上げた紘が、ポケットから適当な飴を取り出し、邪魔だ瞬、一歩下がりやがれ、と篠塚に対する態度とは明らかに違うそれで俺に命令した。俺は返事をすることなく歩く速度を緩め、彼らの後ろに下がり、二人のやりとりを黙って傍観する。空いた俺の隙間を埋めるように紘は篠塚との距離を詰め、味は何でもいいよな、と手にしていた飴を差し出した。篠塚は戸惑いながらもそれを受け取り、ありがとう、と口にして、大事そうにポケットにしまった。一瞬だけ見えた個包装の色はピンクだった。モモ味だろうか。

「……モモ」

「……モモ?」

「……ふ、はは、ちょ、やめろよ瞬」

 何か言ったと思ったら、飴の味だけ呟くの面白すぎるって。あ、飴の味のことなんだね。うん、そうそう、篠塚にあげたやつだな。確かにモモ味だった。無駄にイケボでモモは笑う、面白すぎる。笑える要素どこにもないだろ。瞬だから面白いんだよ、な、篠塚。あ、うん、そうだね。ほら、篠塚もそう言ってる。圧かけて言わせてるだけだろ。そんなことないっての。

 そんなことあるだろ、と思いつつもそれ以上は口にせず、中身のない会話を自ら切り上げた。篠塚はリアクションに困っているのか、紘と俺を交互に見て愛想笑いを浮かべている。面白いと思っているのは紘だけだ。

「篠塚も瞬のこと指差して笑っていいんだよ」

「そんなことは……」

「できないか。できないよな。瞬って見た目はクソみたいにイケメンだけど、中身とか知らなかったら怖く見えるだろうし」

「……怖いっていうより、クールだよね。サディストっぽいのが良いって誰かが言ってたのを聞いたことがある」

「マゾの心をぐさぐさ刺すわけね。飴をすぐに噛み砕いたり躊躇なく毒を吐いたりするくらいには暴力的なサドなんだよ」

「でも実際に暴力振るってるのは見たことないけど……」

「猫被ってんだよ。絶対えげつない性癖持ってるから」

「性癖……」

「誰か抱く時、殴ってそうじゃね? 蹴ってそうじゃね? 首絞めてそうじゃね?」

「……何の話?」

「篠塚は純粋だな。あれだよ、セックスの話だよ」
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