甘美な果実
 その単語を聞いた篠塚の顔面がみるみるうちに真っ赤に染まった。俺が相手にしてくれないからと、見るからに純粋な篠塚にそのような話題を持ちかけるのは酷ではないだろうか。自分について好き放題言われていることよりも、篠塚が紘の露骨な下ネタに堪えられるのかが気がかりだった。

 紘の言動があまりに酷いようであればそれなりのフォローはするつもりだが、今はまだ大丈夫だろうと踏んで、篠塚に彼の相手をしてもらおうと俺は面倒ごとを退けることにした。篠塚の緊張を解すのなら、俺ではなく紘の方が適任だ。彼の方が相手の懐に入るのは上手い。例えそれが下卑た内容であったとしても。

 一方的な紘の下ネタに篠塚はたじろいでいたが、俺は二人の会話に割って入ることはしなかった。俺の性癖とやらを勝手に決めつけていても、後で甚振ればいいだけの話だ。付けはそのうち回ってくる。

 下ネタに恥ずかしそうに顔を赤らめている篠塚の横顔を眺めた。不意に、食べたくなった。波のように迫る食欲を覚え、バレないように唇の内側を舐めた。美味しそう。食べたい。

 ごくりと唾を飲んで、顔を俯ける。下を向いて歩く。そうしながら、別のことを考えた。別のことを考えて、気を紛らわせようとした。勢い余って篠塚を喰ってしまわないように。

 教室で食べた飴の効果が薄れているのを感じていた。無論、薬ではないため、ただの飴に欲求を抑えるなどといった効力があるわけではないが。それでも、気休め程度にはなる代物だった。

 前を歩く二人が俺を注視していない隙に、唯一味のする飴を補給しようと思案する。紘に見られるのは構わないが、篠塚には見られたくはない。彼の視線には十分に注意して、俺は自分の存在すらも消すように、こっそりとカバンの中の飴を探って指先で捕らえた。なるべく音を立てないように封を切って口に含む。静かな室内であれば気づかれていたかもしれないが、外にいる今は周りの音の一部と化したのか、二人が俺の行動に目を向けることはなかった。
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