白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです
(采人視点)

薄っすらと開けた瞼の先に映ったのは、心配そうな表情で見つめる彼女の姿。

そう言えば、あいつにやられたんだ。
近づく男の手元が一瞬キラッと光った気がして、咄嗟に彼女を庇った。
夕映が救急医だということに感謝せねばならないな。

「采人さん、私が分かりますか?」

『采人さん』だって。
ちゃんと聞くことができなかったその言葉が、今こうしてしっかりと耳に届いた。
いや、心に響いたな。

「……采人さん?」
「ちゃんと聞こえてるよ」

好きな女に名前を呼ばれるのが、こんなにも嬉しいものだったとは。
俺が言わせたんじゃなくて、自然と漏れ出したことに感動する。
負傷するのも悪くない。

こうして欲しいものが手に入るなら、幾らだってやられてやる。
彼女の目の前でやられるなら、斬られようが、刺されようが構わない。

応急処置をするのはもちろん彼女だろうし、こうして彼女の心に『神坂 采人』が刻まれるのであれば、幾らだって。

「心臓が止まるかと…」
「負傷したのは腹部だったはず…?」
「そうじゃありませんよっ、私の心臓が止まるかと」

あぁそういう意味ね。
さすがに目の前で倒れれば、幾ら救急医でも焦るよな。

普段は彼女から手を握るなんてことはない。
怪我の功名というやつか。
涙目になりながら、俺の手をぎゅっと握りしめてくれている。

「采人、起きたのね」
「心配かけてごめん」
「彼女の応急処置が良かったから、損傷も最小限にとどめられたのよ?彼女に感謝しなさい」
「ん、……親父は?」
「采人の担当するオペの振替医師を調整してるわ」
「あ…」

入院に必要なものを届けに来た母親。
入退院を繰り返す高齢の母親を持つから、こういう病院対応には慣れている。
自分の息子が外傷を負ったというのに、取り乱している感じはしない。

「私はお邪魔だと思うから、また後で顔出すわね。夕映さん、今度また日を改めて…」
「……はい」


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