白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです
(采人視点)

言おう言おうと思っていたのだが、婚姻届に署名させるよりも気が重くて言い出し辛かった。
尊敬している戸部医師のもとを離れ、俺のもとに来るということに。

勤務内容は殆ど変わらない。
強いて言うなら、充実した医療機器とドクターカーを装備したER室に勤務するようになるということ。

給料、勤務時間、休日などの待遇をみても、今より遥かに改善されるのは目に見えているけれど。
戸部医師と離れるという決断を彼女に強いるのは心が痛む。

医師を目指したきっかけにもなった父子。
日々の心の支えだっただろうし、彼女の医師人生を作り上げたと言っても過言じゃない。

祖父から事情を聞き、彼女は慎重に言葉を選びながら承諾してくれた。

**

「寒いだろ、少しだけ我慢して」
「采人さんっ!!」
「ッ?!」

ビックリした。
急に大声を出すから。

実家の駐車場で車のエンジンをかけ暖気運転をしていたら、彼女がいきなり声を荒げた。
車を運転して帰るためにお酒を控えていたこともあり、車内の寒さに体が堪える。
夕映は祖父母の相手をしていて、熱燗とビールを幾らか飲んでいたようだが。

「寒いとか、どぉぉぉぉでもいいんですよ!」
「……」
「どうして言ってくれなかったんですか!?」
「……退職の話だろ?」
「はい」

家族団らんの中にいた時とは全くの別人。
というより、初めて見る彼女の憤怒した顔を。

「何でなんでなんで……いつも突然なんですか。心臓に悪いと思わないんですか?」
「……ごめん」
「采人さんと付き合い始めて、結婚を決めた時点でいつかは…と、覚悟はしてたのに」
「……」
「こんな形で決めなくてもいいじゃないですか!白衣を着た悪魔っ!」
「……フッ、上手いこと言うな」
「笑うところじゃないですよ?!」

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