白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです
万が一の時のために、常に持ち歩いているキューマスク。
傷病者からの呼気などの逆流を防止し、感染症も防ぐことができるものだ。
すぐさま胸骨圧迫を始める男性医師。
夕映はキューマスクを袋から取り出し、新婦の口に装着した。
すると、
「夕映、彼女お腹に子供がいるんだっ!」
「えっ?」
「今何週ですか?」
「週数?……分からない、六ヶ月のはずだけど」
「二十週超えてるなら、子宮左方転位だな」
「AED、持って来ました!」
「開けて、電源入れて下さい」
数名のスタッフと大量の大判バスタオルが到着した。
仕方なく、大判のバスタオルを手にしたスタッフで一帯を取り囲み、カーテンをつくる様に指示を出す。
最低限のプライバシーはこれで確保された。
ドレスのファスナーが下ろされ、胸元が露わになる。
夕映は折り畳んだバスタオルを体の右下に当て左半側臥位状に傾斜をつくり、除細動パッドを袋から取り出す。
そして、巧みなコンビプレーのように、胸骨圧迫から人工呼吸に切り替わったタイミングで素早く除細動パッドを右胸と左脇腹に貼る。
「離れて」
AEDの判断を待つ。
喧騒のロビーに一瞬静寂が訪れた。
「電気ショックは必要ありません」
無機質な音声ガイダンスが響き渡る。
心停止と判断されても、必ずしも作動するとは限らない。
AEDが作動するのは心臓の筋肉がプルプルと痙攣を起こしている状態の心室細動か、血液を送り出す心室が異常に早く収縮している状態の心室頻拍の二種類。
心室そのものの収縮がない状態では、電気ショックが必要ないと判断されるのだ。
すぐさま男性医師が胸骨圧迫を再開する。
「お腹の具合、診れるか?」