白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです
唖然とする夕映を視界に捉え、采人はクククッと喉を鳴らす。
「本当のこと言うと、ダミーでも良かったんだけど」
「……え?」
「続きは食べながらでいい?」
腕時計をちらりと見せた彼は、再び歩き出した。
夕映の手を握りしめたまま。
宝石店を出て、およそ十分ほど。
大通りから一歩、中に入った場所にあるレストランに到着した。
表参道でも大人気のお店らしい。
店内はほぼ満席の状態で、スタッフに案内された先は、たった一つしかない個室だった。
「コースなんだけど、いい?」
「……はい」
良いも悪いもないじゃない。
予約している時点で、私に拒否権はないでしょ。
違うか。
一つ返事に承諾して、待ち合わせすること自体が問題だった。
「環地中海料理のお店なんだけど、俺、ここの料理結構好きなんだよね」
「……そうなんですね」
ダークブラウンを基調とした店内は落ち着いた大人の夜を演出してくれるようで、十分ほど前の出来事の延長戦に突入したみたいだ。
テーブルに着いたはいいが、食事云々以前に、夕映は酸素すらまともに吸えない状態。
緊張?
ストレス?
救急医なのに、自分が救って貰いたいくらいだ。
宝石店を飛び出すことも、指輪を拒否して突き返すこともできたはず。
けれど、『神坂の御曹司』という彼の顔に泥を塗ることができなかった。
「たまにはお酒でも飲む?」
「……そうですね」
普段は呼び出しに対応するために、お酒は控えているけれど。
さすがに今日は、そんなことはどうでもよく思えてしまう。
「辛口と甘口なら、どっちが好み?」
「……辛口ですかね」
「辛口ね」
ウェイターにワインを注文する彼をまじまじと見る。
どこからどう見ても『完璧』という事がマッチするような王子様気質だ。
庶民の夕映は、改めて彼の凄さを痛感した。