白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです


「『婚約』を理由に対処して頂いたのは理解できますが、さすがにこれは受け取れません」
「じゃあ、捨てれば?そこら辺で売ってる安い指輪で構わないから、通勤の時くらいそこ(薬指)に意思表示をして貰えれば」
「……」

『捨てれば?』だなんて簡単に口にするけれど、どう見ても百万円は軽く超える。
ダイヤの大きさから考えても、サラリーマンの月給では到底変えない代物だ。

それに、『中に刻印して貰っている』と彼は言った。
何て刻印されているのかは分からないが、エンゲージリングならば、それらしい刻印がしてあるのだろう。
―――だから、返品不可。

返すと言っても受け取らなそうだし。
売る?
熔かす?
弁償するにしても、恐ろしい額だろう。
まかり間違って捨てるだなんて選択、選べるはずがない。

こんな高価な指輪をポンと買えてしまえることにも驚きだが、彼があの雰囲気(スタッフとのやり取り)に場慣れしていることに温度差を感じた。

マンションといい、車といい、指輪といい。
夕映の日常には無い世界だ。

住む家(マンション)、金銭問題、仮初の恋人、ストーカー対応、そして指輪。
日頃のお弁当や、今日のような食事の際の会計も入れたら数えきれない。

「もう返しきらないほど、沢山のご恩が…」
「フッ、やっと現実味を帯びてきた?」
「……」

余裕の笑みを浮かべる采人を視界に捉えた、その時。
腕組する彼の指元がキラッと光った。

「えっ……その指輪」
「今頃、気付いたのか?」

クククっと喉を鳴らしながら、彼はワイングラスへと手を伸ばした。

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