白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです
「 いい加減、諦めろ」
七月下旬のとある日。
早番勤務の夕映はスクラブから私服に着替え、医局のデスクでスマホと格闘中。
「あれ?先輩、上がらないんですか?」
「う~ん、ちょっと調べものしてて」
「調べもの?……引っ越しでもするんですか?」
「……うん、できれば」
研修医の長野は、休憩時間で医局に来た。
すると、夕映がスマホで物件探しをしていたのだ。
「あっそう言えば、あと数日で他科勤務になるよね」
「はい、金曜日までです」
「本当にあっという間だね~」
「俺はこのニカ月がめちゃくちゃ長く感じましたよ」
救急診療科は常に緊張の糸がピンと張っている状態だから、そう感じるのかもしれない。
「けれど、充実してたでしょ?」
「はい。いい勉強になりました」
「専門は整形外科だっけ?」
「はい、実家が整形外科なので」
「頑張ってね」
「ありがとうございます」
「明日のお昼ご飯はお奢ってあげるよ」
「え、いいんですか?」
「戸部先生、明日はオフ日だから、明後日にでも奢って貰いな」
「はいっ!」
救急診療科は特に不規則勤務ということもあり、歓送迎会などを開くことができない。
少数精鋭の科ということもあるが、緊急の呼び出しがかかってもいいように、どの医師も飲酒を控えている。
研修医は病院にもよるが、各診療科をローテンションするのが一般的。
一カ月から三カ月毎に移動となる。
「質問いいですか?」
「……ん?…何?」
「先輩はどうして救急医になろうと思ったんですか?男性でも過酷なのに」
「フフッ、そうだよね。しかも、都立病院じゃ給料も安いしね」
「……はい」
「あっ、ありがと」
長野が淹れた珈琲を受け取り、夕映はスマホをデスクに置いた。