白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです
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生姜焼きを作っていたら、突然話しかけられた。
しかも、不動産屋の小川さんの運転する車に同乗しているのを目撃したらしい。

『浮気して来たってわけ?』だなんて言われたけど、車内での雰囲気にそんな甘いムードは一秒もなかったはず。
必死に思い返してみるが、どう考えてもそれらしい会話は思い出せない。

つい最近、内見で案内した物件でプチトラブルを引き起こしたという話で盛り上がりはしたが…。
リノベーションしたばかりの物件を案内した彼は、ピッカピカに磨かれた床に足を取られ、お客の目の前でスラックスのお尻部分がビリっと破けたという話だ。
しかも、その時に限ってド派手な下着だったそうで、そのお客に爆笑されたという話。

「物件を見に、不動産屋の営業さんが運転する車で移動してる時だと思います」
「物件?」
「はい。いつまでもここにお世話になるわけにもいかないので、よさそうな物件を探してまして」

フライパンに調味料を投入し、菜箸で肉を返しながらチラッと横目を向けると、さっきまでのクールな表情ではなく、凍り付くような視線の彼と目が交わった。

「ここから出ていくつもり?」
「……の、つもりですけど」
「フゥ~ン」

怖っ……、何これ、ホラー?
冷房が効いているとはいえ、真夏のキッチンで料理していて、じとっと汗ばむ室温なのに、足下からスーッと冷気が纏わりついてる気がするのは。

生姜焼きを作り終え、冷蔵庫から味噌を取り出す。
味噌を溶いて味噌汁を作るだけなのに、物凄く緊張する。
真横からの視線が右半身に刺さりまくりだ。

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