白衣を着た悪魔の執愛は 不可避なようです
**

十八時少し前に、京懐石のお店に到着した。

新宿の喧騒とは不釣り合いの落ち着いた店内。
表千家の伝統的な茶懐石が楽しめ、有名な設計士が手掛けたとあって、侘び寂の世界を肌で感じる。

案内されたのは個室。
京懐石だけれど、テーブル席なのが有難い。
スキニーデニムとブラウスという恰好が店の雰囲気に似つかわしくなく、内心ヒヤヒヤものだ。

「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。別にドレスコードがあるわけじゃないから」
「それでも、さすがにこの恰好じゃ、不釣り合いですよ」
「だから、個室にしてあるだろ」

来慣れているようで、彼は動揺する私を楽しんで眺めている。

「失礼致します」

先付の折敷(おしき)が運ばれて来た。
見た目が美しいのは当たり前だが、さっぱりとした夏らしい味付けに、思わず頬が緩む。
いつもコンビニのお弁当や出来合いの総菜ばかりだから、こういう優しい味が体にしみる。

「このお店にはよく来るんですか?」
「個人的には殆ど来ないけど、祖父母が贔屓にしてて」
「そうなんですね。この間の神楽坂のお店もそうでしたけど、美食家なのがよく分かります」
「あの(とし)になると、そう沢山は食べれないから、量より質なんだと思う」

いつも思うが、本当に食べる姿に育ちの良さが滲み出ている。
箸運びもさることながら、姿勢が全く崩れない。

「ん?……どうかしたか?」
「綺麗だなぁと思って」
「……フッ、男に綺麗って」
「食べている時の所作というか、箸の持ち方につい見惚れてしまって」
「あぁ、これか。小さい時に嫌というほど躾けられたからな」
「ですよね」

< 99 / 172 >

この作品をシェア

pagetop