私はお守りじゃありません! ~現代の大奥で婚約バトル!? 呪われた御曹司が「君は俺のお守りだ」と甘えてきます~
「先方の申し出です。あなたに損はないのでは?」
 弁護士は表情を変えなかった。
 書類を読んで署名し、銀行の口座を伝えて帰った。
 さらに翌日には確かに六千万円が振り込まれていた。
 いきなりの大金に、怖くなる。
 一鈴が暗い顔をしていても、家族の誰もなにも言わなかった。
 ひまりは学校から帰ると姉がいる、と毎日喜んでいた。
 その姿を見るだけで、帰ってきて良かった、と思う。

 それでも暗い気持ちになると、家の中を掃除した。照明を拭き、壁や棚にはたきをかけ、窓硝子を磨き、床を磨く。
 ひまりが工作で使ったハサミのベタベタは、日焼け止めを塗って開閉してから拭った。クレヨンで床に着いた汚れは、クレンジングオイルで拭いたあと、からぶきした。

 倫子は日に日に家がぴかぴかになっていくことに驚いた。
「一鈴がいると家がきれいになるわ。でも、ゆっくりでいいのよ」
「やりたくてやってるから」
 へらっと一鈴は笑う。
「ねえちゃん、無理してるときほど笑うよな」
「好きにさせとくのがいいんじゃね」
 陽太と碧斗が言う。
 父はなにも言わなかった。

***

 穂希がそのニュースを見たのは、五時を過ぎた頃だった。
 五時が定時だが、まだ仕事が残っている。
 一息つくか、とスマホを手に取る。
 一鈴から連絡が来ていないかと期待したが、スマホは沈黙していた。
 弁護士には、解決金を受け取ったと一鈴から連絡が来たという。

 爽歌のケーキに針が入っていたとわかったとき、爽歌は一鈴をかばったという。
 爽歌はいつも優しい。
 いじめられてもいじらしく微笑んで「大丈夫」と答えるような女だ。
 性別など関係なく、大切な友人だ。
 その彼女が婚約者の候補として滞在することになった。
 彼女は自分に同情してくれている。
 そこにつけこんではならない。
 穂希はなんとか婚約を回避したかった。
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