凪いで、夜が降る
君の笑い声は寝ていても聞こえるらしい。
「よーーすけ!!」
花恋の声がした17:32。
学校、終わったのか。
「……花恋元気過ぎ」
あえて嬉しいくせにそんなことばっかり僕は君にいっていたよね。
「なあに!陽佑はこれくらいの声出さないと聞こえないじゃん!」
「そんなわけないじゃん…」
「ねね、聞いてよ、今日さー」
花恋のよく動く口。
きらきらとにごりのない瞳。
少し焼けた肌。
幼稚園児のように毎日楽しそうだった。
僕が病気になった日。
花恋の目にはたくさんの涙が溜まっていて、もう絶対見たくないと思った。
眉間のしわも震える手も、涙声もあの日の病室はしんみりしすぎていて息がくるしかったのを覚えている。
僕は大きな手術に成功した。
まだ生きられる。
花恋というかわいい彼女のそばで笑っていられる。
花恋は泣いて喜んでくれた。
これで一緒に学校行けるよって。
僕も少し泣いた。
学校に慣れてきた頃だった。
いつものように花恋を昇降口で待っていた。
『ごめん!部活長引きそうなの…先帰ってていいよ!!』
そんなメッセージに少しさみしく思ったが帰ることにした。
「ごめーーーん!!ミーティングが長引いちゃって!!」
花恋の申し訳無さそうな顔を見るとついつい許してしまった。
「いいよ。今日一緒に帰ろ?」
「え!!いいの?!!好き!!!」
「はいはい。ありがと」
「つめたああい」
「うるさい」
「えーーーん、マイダーリン遅めの反抗期でちゅか???」
「…しばくよ?」
「きょわーーーーい」
「…」
楽しい、このことならくだらない会話すら。
幸せだよ。
次みた花恋は死体だった。
なんで?
昨日の帰り道はあんな元気だったじゃん。
なにいなくなってんの?
僕、生き延びたのに、意味ないじゃん。
うるさい鼓動が花恋がいなくなった現実を受け入れたがらない。
ねえ花恋、来週の映画どうするの?
今度の記念日のカフェデートは?
花恋もうすぐ誕生に立ったじゃん。
なにしてるの?
早く目開けなよ。
どうでもいい話どれだけでも聞いてあげるよ。
行きたいところ全部行こう。
ねえ、陽佑って呼んでよ。
この名前が1番輝くのは君の声だけなのに。
「ぱぱー!!見て泥だんご!!!!!!」
すごいなあ、うまいじゃん。
「まま!!ぱぱ無視するよ!」
してねえよ?ちゃんとすごいっていったじゃん。
「ぱぱは褒めるの下手くそだからねえ」
花恋がニヤニヤと笑っている。
なんだ、生きてるじゃん。
ほら、手術成功した先は花恋との長い長い幸せの道。
ああ、なんて幸せ。
ほほに涙が伝った。
私はおもむろに起き上がると空を見上げた。
あーーー今日は満月だ。
星もすっごくきれい。
「風邪引くよ」
ふわっと香ったのはいつかの彼からした柔軟剤の匂い。
「…ありがとう」
優しく笑うと笑窪が控えめにできるところ大好き。
「いいえ。…じゃあ、今日いいかな?」
妖艶に微笑む彼にあー懐かしいな、なんて思う。
「…うん」
かけてくれていたカーディガンが少しずり下がった気がした。
ごめんね、私はもう体も君に似た彼にあげちゃうよ。
いいの?
ねえ、陽佑。
汚れちゃうけれど。
あなたに似た男の人のものになるけど。
幸せじゃないよ。
だって君にしか私を幸せにできないもん。
なんで先いっちゃうかな…。
早く会いたいよ。陽佑。
満天の星空の日はあなたの日。
いつだって空を見上げるからあなたは私を見下げててね、約束だよ。