蜜月溺愛心中
「清貴さん、私のことーーー」

焼肉屋で会う前から知っていたんですか、そう椿は訊ねようとした。しかしそれを最後まで口にすることはできなかった。清貴のスマホに電話がかかってきたためである。

「職場からだ。すまないが、先にお冷やを入れて席に戻っていてくれ」

清貴は一瞬にして医師の顔になり、スマホを手にレストランの外へと出て行く。その後ろ姿を椿は見ていることしかできなかった。

(清貴さんとどこかで会っていたのかな?でも梓ならともかく、私みたいな地味な女なんて記憶にそうそう残らないはずだけど……)

モヤモヤしたものを胸に溜めたまま、椿は二人分の水をコップに入れ、テーブルに戻った。

数分後、電話を終えてテーブルに戻ってきた清貴は「お冷や、俺の分まで持って来てくれてありがとう」と開口一番に言い、水を一口飲んだ。

「清貴さん、電話の方は大丈夫でしたか?突然の呼び出しとかでは……」

椿は心配になり訊ねる。医師は、患者の急変などで休日でも病院に駆け付けなければならないこともある。清貴は「呼び出しじゃないよ」と笑った。
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