蜜月溺愛心中
「椿……」

清貴は名前を呟きながらリビングをグルリと見回す。椿の仕事用のトートバッグは定位置に置かれていない。つまり、まだ彼女がこの部屋に帰って来ていないことを表していた。

スマホを確認するものの、メッセージには未だ既読がついていない。椿は何も清貴に言わず、どこかに行く人ではない。それは清貴自身が一番よくわかっていた。

「何かあったのか……?」

清貴は拳を握り締め、いつも食事の際に椿が座っている椅子を見つめた。



椿は夢を見ていた。いつもと何も変わらない。特別なことは何一つない日常のワンシーンだ。

朝起きて、清貴と自分が食べるための朝食を作り、清貴と共に食べる。洗濯と掃除を済ませ、コンビニで仕事をし、仕事が終わると買い物に行き、家に帰ってからは夕食の支度をする。

夕食のハッシュドビーフや副菜を作り終えてすぐ、ドアが開く音と共に低い声が「ただいま」と言う。その声に椿の胸が高鳴った。テーブルに料理を素早く並べると、椿は玄関へと走る。
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