蜜月溺愛心中
どれだけ甘い言葉を囁かれていても、それは清貴の本心ではないと椿は自分に残酷な現実を自身で突き付ける。たった一年の契約結婚なのだ。甘い言葉はリップサービスで、手を繋いだりするのも仲のいい夫婦を演出しているに過ぎない。

(本当の夫婦には、私たちはなれない……)

自分自身で突き付けた現実に、何故か椿は傷付いていた。涙腺が刺激されそうになり、慌てて別のことを考える。

(どうして私は、清貴さんと別れることも想像するだけで泣きたくなるんだろう……)

彼が他の女性と必要以上に触れ合っていたり、一年後に訪れる離婚のことを考えるだけで、胸がナイフで抉られたように痛む。開いた傷口から血が溢れ出し、涙が零れ落ちる。

その答えを知りたいという気持ちと、知りたくないという二つの矛盾した気持ちが、椿の心の中で戦いを始めていた。

数十分後、着付けと髪のセットを終えた椿が店のドアの辺りに向かうと、そこにはすでに着付けを終えた清貴が待っていた。黒い着物はやはり彼に似合っており、店に入って来た女性たちが清貴を見て頰を赤く染めている。椿もその一人だ。

椿が声をかけられずにいると、清貴が椿が来たことに気付いて視線を向ける。視線が絡み合った刹那、清貴の顔に笑みが浮かんだ。

「椿。思った通り、よく似合っているな」

名前を呼ばれる。清貴が近付く。頰に優しく触れられる。ただそれだけで、心臓は壊れてしまうのではとないかと思うほど、早く鼓動していく。
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