クズなアイツが惚れたなら、



「そうか」


ふ、と不気味な笑みを男が浮かべる。



「まあでも、男女の線は超えたわけだ。キスなんてのは、ただのお友達にはしねーからな?」



なにもかも返す言葉がなかった。

恋人がいると普通に笑う女も相手にした。

俺には関係ないと他人事だった。



「じゃあ最後にひとつだけ聞く。どっちから迫った?」



地面を見つめた。事実通り、花音だと言えば、女も殴るやつだろう。そういう怒り狂った目をしている。べつにそんなことは望んでいなかった。

覚悟を決めて口を開くも、



「お」

「花音じゃないっ」

「………」



ばっと震えた足が前を塞いだ。



「花音じゃないの、そんなことしてない! ひょ、氷牙に……迫られたの…」



男の顔色が変わり、ほんとか?と問われた。

俺が事実を言うと思ったのか、花音が懇願するように瞳で訴えてくる。



「あぁ」


短く肯定すると、男が呆れ笑った。



「おまえクズだな、ほんと」



飛んでくる拳が大きく弧を描いて頬に直撃する。
ドスッ、ドコッ…と何度も殴られる身体は声も出せないほどの悲鳴をあげ、ヒリヒリと鉄の味が舌を伝う。ただ痛みだけがのたうちまわっていた。


されるがままにだらんとなっている俺に面白みをなくしたのか、やがてドスン、と地べたに解放される。


閉じかけた視界の端で、男と怖がる花音が去っていくのが見えた。




………最悪だ、ほんとに。



なぁ、花音。俺もおまえも、そいつも、とんだ最低野郎だ。







こんな俺は、梅野の隣には相応しくないんだろうな。



動けないなか閉じた目蓋の裏で、なぜか梅野と出会う前の自分を思い返していた。









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