オレ様黒王子のフクザツな恋愛事情 ~80億分の1のキセキ~
陰キャのはずが……
「誰だか判明しないって事は、俺の変装が成功してる証拠だね」
「えっ、変装って?」
「ここまでヒントをあげてるのに、まだ気付いてないの?」
「ごめんなさい。誰だかさっぱり……」
「阿久津だよ! 阿久津日向」
「えっ……。だって、阿久津くんは黒髪で黒縁メガネをしてるし」
「普段は身バレしないように黒髪のカツラ被って変装してるの。ここまで騙せてるなんて逆に気持ちいいね」
私は信じられない気持ちに包まれたまま彼を瞳に映していた。
……これは、もしかして夢?
それとも、ドッキリか何かで騙されてるの?
何処かでカメラが回ってるの?
信じ難くてなかなか受け入れられなかったけど、声と口調がだんだん阿久津くんと重なっていく。
「全然わからなかった。本当にあの阿久津くんなの? 屋上で私の卵焼きを奪ったあの阿久津くん?」
「そんな小さな事を根に持ってんの?」
「そうじゃないけど……。阿久津くんは、教室にいるかどうかわからないくらい隠キャでしょ? だから、高杉悟と一致しなくて」
「お前と一緒にするなよ……。俺は隠キャじゃなくて一般の学生として世間に溶け込んでるだけ」
私達が軽く言い合ってると、林さんはコホンと咳払いして会話を止めた。
「私はそろそろ業務に戻るのでここで失礼します。家事全般の一覧を書いた紙を渡しておきますので、時間がある時に目を通しておいて下さいね」
私は彼女から手渡されたA4の紙を両手で受け取った。
「はい。林さんありがとうございました。頑張ります」
「お疲れ様です」
彼女は一礼してから部屋を出て行く。
私はこの場に取り残されたけど、よそよそしさが抜けないどころか、未だに信じられない気持ちに包まれていた。
彼はミカちゃんの手を繋いだままリビングへ向かうが、一旦足を止めて背中を向けたまま言った。
「……お前、俺のファンじゃないの?」
「へっ?」
「俺が高杉悟だと知ってもうんともすんとも言わないし、緊張もしてないし」
「だ……だって、阿久津くんでしょ?」
私の中の阿久津くんはクラスメイトの1人。
普段は机に寝そべっていて誰とコミュニケーションを図る訳でもない。
授業中の発言の際に声を聞き取ったのが最初で、その声があまりにも小さいから周りの人たちがクスクス笑ってた。
それを見た途端、自分の姿と重なっていたから勝手に親近感を湧かせていた。
「……ま、いいや。ミカを風呂に入れて来るから、その間飯作ってて」
「あっ、うん。行ってらっしゃい」
一歩踏み出した背中に向けてそう言ったが、彼はもう一度足を止めてニヤリと振り返ってひと言。
「……風呂、覗かないでね」
「覗きませんっ!!」
ーーこうして私は、同じクラスの隠キャ……もとい、人気俳優 高杉悟の家政婦をする事になった。
しかしこの直後、彼に深入りを恐れているスタッフの想いを覆すほどの大事件が起こってしまう。