オレ様黒王子のフクザツな恋愛事情 ~80億分の1のキセキ~
心の渦
ーー4時間目の移動教室先の理科室からの帰り道。
教室に吸い込まれるようにクラスメイトの流れに乗ったままみちると教室に到着すると、ふと忘れ物に気づいた。
「筆箱がない! ……もしかしたら理科室に忘れてきちゃったかも」
「一緒に取りに戻ろうか?」
「ううん、1人で行くよ。先にゆかり達と一緒にご飯食べてて」
「わかった。じゃあ、代わりに教科書とノート預かるよ。机に置いとくね」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
みちるに教科書とノートを手渡して別れてから、人の流れに逆らって2階の理科室を目指した。
ところが、2階へ下る階段に差し掛かった時、階段の向こうからある噂話が耳に入た。
「教室でラブレターの返事をしてから早川と上手くいってんの?」
「……まだ。俺の押しが足りないのかな」
聞こえてきたのは、二階堂くんと、仲がいい橋本くんの会話。
しかも、その内容は誰でもなく私。
早川という名前が引っかかった途端、上り階段の裏にサッと身を隠した。
「まさかお前が早川に想いを寄せてたなんて。しかも、ショートカットにする前からだろ? 地味だったのにダイヤモンドの原石を先に見つけるなんて凄いな」
「それ、早川に失礼だよ。もう二度と言わないで」
彼はチクリと嫌味を言う橋本くんにすかさず一喝した。
その時点で心嬉しく思い、口元に両手を添える。
「ごめんごめん」
「早川は困った人を見つけたら放っとけないタイプなんだよね。そういった一面を少しずつ見ているうちに、もっと近くで見ていたいなって思った。心が温かい人の傍にいたらこっちまで自然と伝わって来るよね。それが俺にとっては早川だから」
彼の言葉が嬉しくなって鼻の奥がツーンと痛くなった。
いま私の姿が見えなくても関係ない。
私が二階堂くんのバスケ部の練習を遠目から見ていたように、彼自身も私を見ていてくれたかと思うと胸いっぱいになった。
「はいはい、お熱いね〜。俺もそーゆー女と出会いたいわ」
「きっと傍にいるよ。お前が気づいてないだけ」
「そうかなぁ。うちのクラスにはがさつな女子が多いせいか、全然そーゆー気配がないんだけど」
2人は会話の続きをしながら階段を離れて廊下へ歩いて行った。
不意に二階堂くん達の話を盗み聞きをしてしまった私は、階段の手すりの壁に背中を当てたまま嬉しさが我慢出来ずにクスッと笑みが漏れた。
ところが……。
「わっ!!」
「ひえぇぇええ!!」
四段ほど下から男子の大きな声が出された途端、ビックリして思わず悲鳴が漏れた。
恐る恐る目を向けると、そこには黒髪メガネマスク姿の日向が仏頂面で見上げている。
「何笑ってんの? しかも、異様に顔が赤くない?」
「えっ、えっ……。な、何でもないよ……」
嬉しさと驚きと幸せのミックスで恥ずかしくなって、階段を駆け降りて日向を横切って行った。
最近はあいつに振り回されっぱなしだったけど、二階堂くんの優しさにはいつも救われる。
私のいなくてもあんな風に言ってくれてたんだ。
そろそろ本物の恋が始まるかな。
二階堂くんが彼氏だったら、きっと大切にしてくれるよね。
私も少しずつ答えを出す準備をしていかないとね。
結菜はニヤけたまま教室に走り向かうと、階段横の廊下ですれ違ったばかりの杏は、唇を強く噛みしめた。
杏は陽翔の心があからさまになっていく度に失恋の傷口が開いていく。