三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
「しかも、今時珍しくも何ともないよね?シェアハウスなんて」
武者は無理に虚勢を張っているように見えたけれど、利香は利害の一致した男に少なからず感謝した。
けれど、更新をせずに今の部屋を出た女が、いきなり隣室で暮らしているなんてわかったら大家さんは快く承諾するんだろうか。
規約はどうなっているんだろうか。
「契約書見てみたけど、自分の部屋を解約してお隣さんと暮らしちゃダメなんてどこにも書いてなかったよ」
武者は笑顔だった。
必ずしも本意とは言えないけれど、50%オフの弁当を、隣人を欺いてまでも手に入れようとする男だ。
しかも利害の一致。
ある目的を持って節約しているらしい。
だったら・・。
こんなチャンス、無駄にするなんて馬鹿だ。
「とりあえず、うちの中見てよ。一ノ瀬さんの荷物が入るかどうか」
緊張しながら武者の部屋に上がった。
男の部屋に入るのはどのくらいぶりだろう。
玄関の三和土はピカピカに磨かれていて、ラベンダー色の楕円形のマットが利香を出迎えた。
靴箱の上には金色の招き猫。
それに寄り添うように小さな観葉植物が置いてある。
左側の壁には大きな鏡。
これもピカピカに光っていて、恐縮しながら立っている利香の横顔を映していた。
「入ってよ」
武者が手招きした。
ダイニングにはコタツがあって、その上には蝋燭が灯っていた。
コタツのカバーは毛布のようだったが、清潔そうだった。
「コタツなんてあるんだ。贅沢だね」
暖かさに飢えている利香は、暖を取る物全てが贅沢品に思えた。
「粗大ゴミで出ていたから電源は入らないよ。でも、見ただけで暖かさを感じるよね」
「うん」
「ちょっと入ってみてよ」
タイプではないから、武者は警戒心のカケラも見せない。
まず自らコタツに足を入れて、利香を手招く。
恐る恐る足を入れると
「あったかい」
「ね。湯たんぽを入れてるんだ」
武者は嬉しそうに毛布をめくった。
コタツの上の蝋燭は手作りのようだった。
歪な形で太かった。
立ち上るユラユラと揺らめく炎は暖かさの極地の色を湛えている。
この色こそが暖色、と思わせる堂々としたオレンジ。
見ているだけでホッとする。
利香は自分の部屋を思い浮かべて、この大きな差に思い知らされた。
とにかく使わない、という痩せ我慢は体も心も冷やすばかりだ。
同じ立場にいるくせに、武者はこの状況を素直に受け入れ、自分なりに工夫している。
「それから、一ノ瀬さんはこっちの和室を使ってよ」
コタツから出た武者が、2つ並んだ部屋の右側の扉を開いた。
見事に何も置いてなかった。
まるでかなり前から利香を迎えようと準備していたかのように。
「前にね、一緒に暮らす予定の人がいたんだけど、急遽キャンセルになっちゃって」
武者が寂しそうな笑顔を見せたから、利香は慌てて自惚れた考えを打ち消した。
女だろうか。
同棲するつもりの女が武者にはいたのだろうか。
だから、節約しているくせに二間もあるアパートに住んでいたのか。
人には見ただけではわからない問題が色々あるんだな、と何の苦労もなく天然に見える武者をあらためて見た。
まあ、そのおかげですんなり荷物を運び入れることができるのだから、利香にとってはラッキーなことではあった。
「ちなみに俺の部屋、見る?」
この場合、見る必要はないとは思ったけど、見てみたい、と湧き上がる興味に利香は頷いた。
利香にあてがわれた部屋の左側の扉を武者が開いた。
ビールケースを重ねて作った簡易ベッド。
窓にはグリーンのリーフ柄のカーテン。
片隅に古い文机。
絶対に自分で作ったよね、という感じの本棚。
木を組んで釘を打っただけの簡易的な書棚なのに、古い木がよく磨かれていてかえってとても年代物の高価な棚に見えた。
様々なジャンルの小説が規則正しく並んでいる。
どこかボーッとしていて、意地悪なのか優しいのかつかみどころがなく、武者の本当の姿なんてさっぱりわからないのに、整然と並んだ小説を見ていると武者の心の一部が垣間見えた気がした。
つい、恋愛小説は読まないのか?と表題をざっと眺めてみたが見つけられなかった。
利香の愛読書は手芸本や世界の布の写真集ばかりだ。
それでも、自分の愛読書を見られると、素の自分を見られたような気がして少し恥ずかしくなる。
「早速明日から始めようか」
武者の部屋にいつまでも突っ立っている利香に、武者が背中から声をかけた。
「うん」
大家さんと顔を合わせた時のセリフを打ち合わせして、利香は自室へ戻った。
武者は無理に虚勢を張っているように見えたけれど、利香は利害の一致した男に少なからず感謝した。
けれど、更新をせずに今の部屋を出た女が、いきなり隣室で暮らしているなんてわかったら大家さんは快く承諾するんだろうか。
規約はどうなっているんだろうか。
「契約書見てみたけど、自分の部屋を解約してお隣さんと暮らしちゃダメなんてどこにも書いてなかったよ」
武者は笑顔だった。
必ずしも本意とは言えないけれど、50%オフの弁当を、隣人を欺いてまでも手に入れようとする男だ。
しかも利害の一致。
ある目的を持って節約しているらしい。
だったら・・。
こんなチャンス、無駄にするなんて馬鹿だ。
「とりあえず、うちの中見てよ。一ノ瀬さんの荷物が入るかどうか」
緊張しながら武者の部屋に上がった。
男の部屋に入るのはどのくらいぶりだろう。
玄関の三和土はピカピカに磨かれていて、ラベンダー色の楕円形のマットが利香を出迎えた。
靴箱の上には金色の招き猫。
それに寄り添うように小さな観葉植物が置いてある。
左側の壁には大きな鏡。
これもピカピカに光っていて、恐縮しながら立っている利香の横顔を映していた。
「入ってよ」
武者が手招きした。
ダイニングにはコタツがあって、その上には蝋燭が灯っていた。
コタツのカバーは毛布のようだったが、清潔そうだった。
「コタツなんてあるんだ。贅沢だね」
暖かさに飢えている利香は、暖を取る物全てが贅沢品に思えた。
「粗大ゴミで出ていたから電源は入らないよ。でも、見ただけで暖かさを感じるよね」
「うん」
「ちょっと入ってみてよ」
タイプではないから、武者は警戒心のカケラも見せない。
まず自らコタツに足を入れて、利香を手招く。
恐る恐る足を入れると
「あったかい」
「ね。湯たんぽを入れてるんだ」
武者は嬉しそうに毛布をめくった。
コタツの上の蝋燭は手作りのようだった。
歪な形で太かった。
立ち上るユラユラと揺らめく炎は暖かさの極地の色を湛えている。
この色こそが暖色、と思わせる堂々としたオレンジ。
見ているだけでホッとする。
利香は自分の部屋を思い浮かべて、この大きな差に思い知らされた。
とにかく使わない、という痩せ我慢は体も心も冷やすばかりだ。
同じ立場にいるくせに、武者はこの状況を素直に受け入れ、自分なりに工夫している。
「それから、一ノ瀬さんはこっちの和室を使ってよ」
コタツから出た武者が、2つ並んだ部屋の右側の扉を開いた。
見事に何も置いてなかった。
まるでかなり前から利香を迎えようと準備していたかのように。
「前にね、一緒に暮らす予定の人がいたんだけど、急遽キャンセルになっちゃって」
武者が寂しそうな笑顔を見せたから、利香は慌てて自惚れた考えを打ち消した。
女だろうか。
同棲するつもりの女が武者にはいたのだろうか。
だから、節約しているくせに二間もあるアパートに住んでいたのか。
人には見ただけではわからない問題が色々あるんだな、と何の苦労もなく天然に見える武者をあらためて見た。
まあ、そのおかげですんなり荷物を運び入れることができるのだから、利香にとってはラッキーなことではあった。
「ちなみに俺の部屋、見る?」
この場合、見る必要はないとは思ったけど、見てみたい、と湧き上がる興味に利香は頷いた。
利香にあてがわれた部屋の左側の扉を武者が開いた。
ビールケースを重ねて作った簡易ベッド。
窓にはグリーンのリーフ柄のカーテン。
片隅に古い文机。
絶対に自分で作ったよね、という感じの本棚。
木を組んで釘を打っただけの簡易的な書棚なのに、古い木がよく磨かれていてかえってとても年代物の高価な棚に見えた。
様々なジャンルの小説が規則正しく並んでいる。
どこかボーッとしていて、意地悪なのか優しいのかつかみどころがなく、武者の本当の姿なんてさっぱりわからないのに、整然と並んだ小説を見ていると武者の心の一部が垣間見えた気がした。
つい、恋愛小説は読まないのか?と表題をざっと眺めてみたが見つけられなかった。
利香の愛読書は手芸本や世界の布の写真集ばかりだ。
それでも、自分の愛読書を見られると、素の自分を見られたような気がして少し恥ずかしくなる。
「早速明日から始めようか」
武者の部屋にいつまでも突っ立っている利香に、武者が背中から声をかけた。
「うん」
大家さんと顔を合わせた時のセリフを打ち合わせして、利香は自室へ戻った。