三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
無駄な出費のことを考えると気持ちが萎えたが、扉の前に立って背筋を伸ばした。

 この場合、呼び鈴を押すのか気になったが、鍵も持っているのだし、とりあえず鍵穴に鍵を差し込んだ。

 回したら鍵がかかったから開いていたのだ。

 また鍵を回して扉を開き「ただいま!」と声を張り上げた。

「シッ!」

 思いもかけない武者の声が返ってきた。

「一ノ瀬さん。声が大きい」

「あ、ごめん」

「一応、秘密なんだから」

「そうだった。すいません」

「まあ、入って入って」

「なんかそれ、武者のうちみたいじゃない?」

「え?そう?」

「そうだよ。ここはわたしんちでもあるんだから」

「ごめんごめん」

「そうだよ」

「じゃ、ええと、おかえり」

「うん。ただいま」

 部屋の中にはとてもいい匂いが漂っていた。

 中華風の香ばしい香りだ。

「あ、ゲットできたんだ?」

 コタツの上に乗せた唐揚げ弁当の50%のシールをじっと見て、武者が羨ましそうに言う。

 誇らしげに頷いた利香は、コタツの上で湯気を上げる料理の乗った皿を見た。

「キュウリって炒めたりするんだ」

「叩いて切ってごま油で炒めたんだ」

 この香ばしい香りはごま油か。

 しかもほどよく揺らぐその湯気。

 湯気に暖められた武者の笑顔。

「食べたいの?」

「え?いいの?契約違反とか言わない?」

「それぐらい契約違反にはならないよ」

「じゃあこれぐらいならいいか、じゃあこれもいいよね、って気づいたら違反だらけだったりして。アッハッハ」

 利香は冗談で言ったつもりだったが、武者は真面目な顔を向けた。

「え・・・あの、キュウリだけだよ、食べていいのは」

 そして武者が少し怯えた目をする。

 利香は絶句し、つまもうとしていたキュウリを落としそうになった。

「一ノ瀬さん、冗談通じないなあ」

「冗談禁止!契約に追加ね!」



 
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