三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
『今日の夕飯も唐揚げ弁当ですか?』
制服から私服に着替えていたら武者からラインがきていた。
節約生活に自炊は基本だけど、利香は調理が苦手だった。
手芸はプロ級だしお菓子作りも母から習ったレシピの範囲ならできるけれど、それ以外はやったことがなかった。
たぶんやればできる。
器用なんだから。
それしか取り柄がないんだから。
でもやる気がないから食材のストックがない。
「もちろんです」
『大家さんから芋の茎を貰ったので作ってみました。よかったらどうですか?』
芋の茎?
またずいぶん悲しい感じだ。
「今日は唐揚げ弁当のさらに奥を探求してみようと思います」
『リョーカイ』
コンビニで雑誌を読みながらその時を待っていた。
時々学生アルバイトの動きを横目で観察しながら、利香はその時を待っていた。
コンビニ弁当は消費期限の設定が厳しい。
色々研究した結果、この店に限っては廃棄直前の5分間だけ勝負に出る。
廃棄より少しでも利益を、と幻の80%オフのシールが貼られるらしいのだ。
まだ利香も目にしたことのない黄金のシール。
武者と戦っていたころは先を越されてばかりいて、そこまで辿り着けなかったのだ。
つい失念していたが今日ふと思い出した。
今ごろ武者は芋の茎をしゃぶっているんだろう。
誇らしげに黄金のシールを印籠のように掲げる自分の姿を想像したら顔がニヤけて、学生アルバイトが露骨に不安そうな顔をした。
いつなんだろ。
廃棄5分前は。
弁当を見てみたけど、50%オフのシールが消費期限の数字の上に貼ってあって確認できない。
ビニールがかかった雑誌ばかりだから立ち読みもあまりできない。
店内をグルグルまわり、店の外に出て、また入ったり。
時間がどんどん経つ。
お腹が空いた。
まさか今日はこのまま勝負に出ないのだろうか。
また時計の針は進む。
手が痛くなってきた。
今日は仕事の持ち帰りがある。
コロナ禍でおうち時間を持て余した主婦たちが、押し入れの奥にしまった埃だらけのミシンを出してきて手作りをするのが流行りだしている。
そのためには手芸材料が必要というわけで店はかなりの繁盛なのだ。
ただ、悲しいかな、一から作れる人も少なく、1番の売れ行きはキットなのだ。
マスクやポーチやバッグのキットは、その物を作れる材料を全てセットにして袋に詰めてある。
こんなのができますよ、と完成品の写真まで貼ってある。
そのキットや完成品を作ってこいというのだ。
自分が作りたい作品でもないのに、家に帰ってまで作るのは嫌だなと思ったけれど、残業代が出る、と聞いて飛びついた。
手を挙げたのは利香とおばあちゃん社員たち。
だからかなりの量の布や紐やボタンなど持ち帰ってきた。
デザインは自由、というからそれならいいか、と大量に抱えてきた。
早く。
まだか?幻のシールは。
その時、ヨボヨボのおばあさんがカートを押して店内に入ってきた。
そしてまっしぐらに弁当コーナーへ。
待って。
もう少し待てば幻に出会えるのに。
おばあさんに利香の願いは届かず弁当に手を伸ばす。
そこになんと幻のシールがペタッと・・。
学生アルバイトは利香に向けないような優しい笑みを浮かべておばあさんの代わりにその弁当をレジに運んだ。
学生アルバイトは少し申し訳なさそうな目を利香に向けた。
そういうことね。
それならしょうがない。
利香は重い扉を押して外に出た。
寒い。
今日は夕飯抜きか。
お腹の中を風が吹き抜ける。
いい歳をしてなにやってんだ、わたし、と自嘲する。
空を見上げる。
お母さん。
ごめん、すごく手間取ってるよ。
なんでも手際がよくて、テレビで流行りのスーパー家政婦さんにも匹敵するぐらいのスーパーお母さんが今はとても弱っている。
頑張らなきゃ、と唇を噛むけど、歩調が緩くなる。
お母さん・・・。
利香は立ち止まって足元を見る。
接着剤がまた剥がれたパンプスが馬鹿にしたように口を開けている。
帰らなきゃ、武者と暮らすあの部屋に。
顔を上げると、一つ先の街灯の下に見慣れた人が立っていた。
「よかった、そこにいたんだ」
「ずっとここにいたわけじゃないよ」
「そうだね」
「武者、どうしたの?」
「遅いから」
「え?」
「50%オフのシールはとっくに貼られてる時間だし」
街灯の下だと武者の表情がよく見えない。
でもきっといつもの笑顔なんだと思うと、利香はふわっと湧いた自分の感情を消すように武者に駆け寄った。
「武者〜、聞いてよ〜幻のシールがさあ〜」
おばあさんに横取りされた幻の80%オフの弁当やつれない学生アルバイトの話をした。
アパートに向かって2人並んで歩きながら武者は「是非見てみたいな、幻」と笑った。
「芋の茎、まだ残ってる?」
「うん。契約違反にならない程度に残してあるよ」
「やったー」
「重そうだね、荷物」
武者が持ってくれる。
2人の姿をかなり細くなった三日月が見つめていた。
制服から私服に着替えていたら武者からラインがきていた。
節約生活に自炊は基本だけど、利香は調理が苦手だった。
手芸はプロ級だしお菓子作りも母から習ったレシピの範囲ならできるけれど、それ以外はやったことがなかった。
たぶんやればできる。
器用なんだから。
それしか取り柄がないんだから。
でもやる気がないから食材のストックがない。
「もちろんです」
『大家さんから芋の茎を貰ったので作ってみました。よかったらどうですか?』
芋の茎?
またずいぶん悲しい感じだ。
「今日は唐揚げ弁当のさらに奥を探求してみようと思います」
『リョーカイ』
コンビニで雑誌を読みながらその時を待っていた。
時々学生アルバイトの動きを横目で観察しながら、利香はその時を待っていた。
コンビニ弁当は消費期限の設定が厳しい。
色々研究した結果、この店に限っては廃棄直前の5分間だけ勝負に出る。
廃棄より少しでも利益を、と幻の80%オフのシールが貼られるらしいのだ。
まだ利香も目にしたことのない黄金のシール。
武者と戦っていたころは先を越されてばかりいて、そこまで辿り着けなかったのだ。
つい失念していたが今日ふと思い出した。
今ごろ武者は芋の茎をしゃぶっているんだろう。
誇らしげに黄金のシールを印籠のように掲げる自分の姿を想像したら顔がニヤけて、学生アルバイトが露骨に不安そうな顔をした。
いつなんだろ。
廃棄5分前は。
弁当を見てみたけど、50%オフのシールが消費期限の数字の上に貼ってあって確認できない。
ビニールがかかった雑誌ばかりだから立ち読みもあまりできない。
店内をグルグルまわり、店の外に出て、また入ったり。
時間がどんどん経つ。
お腹が空いた。
まさか今日はこのまま勝負に出ないのだろうか。
また時計の針は進む。
手が痛くなってきた。
今日は仕事の持ち帰りがある。
コロナ禍でおうち時間を持て余した主婦たちが、押し入れの奥にしまった埃だらけのミシンを出してきて手作りをするのが流行りだしている。
そのためには手芸材料が必要というわけで店はかなりの繁盛なのだ。
ただ、悲しいかな、一から作れる人も少なく、1番の売れ行きはキットなのだ。
マスクやポーチやバッグのキットは、その物を作れる材料を全てセットにして袋に詰めてある。
こんなのができますよ、と完成品の写真まで貼ってある。
そのキットや完成品を作ってこいというのだ。
自分が作りたい作品でもないのに、家に帰ってまで作るのは嫌だなと思ったけれど、残業代が出る、と聞いて飛びついた。
手を挙げたのは利香とおばあちゃん社員たち。
だからかなりの量の布や紐やボタンなど持ち帰ってきた。
デザインは自由、というからそれならいいか、と大量に抱えてきた。
早く。
まだか?幻のシールは。
その時、ヨボヨボのおばあさんがカートを押して店内に入ってきた。
そしてまっしぐらに弁当コーナーへ。
待って。
もう少し待てば幻に出会えるのに。
おばあさんに利香の願いは届かず弁当に手を伸ばす。
そこになんと幻のシールがペタッと・・。
学生アルバイトは利香に向けないような優しい笑みを浮かべておばあさんの代わりにその弁当をレジに運んだ。
学生アルバイトは少し申し訳なさそうな目を利香に向けた。
そういうことね。
それならしょうがない。
利香は重い扉を押して外に出た。
寒い。
今日は夕飯抜きか。
お腹の中を風が吹き抜ける。
いい歳をしてなにやってんだ、わたし、と自嘲する。
空を見上げる。
お母さん。
ごめん、すごく手間取ってるよ。
なんでも手際がよくて、テレビで流行りのスーパー家政婦さんにも匹敵するぐらいのスーパーお母さんが今はとても弱っている。
頑張らなきゃ、と唇を噛むけど、歩調が緩くなる。
お母さん・・・。
利香は立ち止まって足元を見る。
接着剤がまた剥がれたパンプスが馬鹿にしたように口を開けている。
帰らなきゃ、武者と暮らすあの部屋に。
顔を上げると、一つ先の街灯の下に見慣れた人が立っていた。
「よかった、そこにいたんだ」
「ずっとここにいたわけじゃないよ」
「そうだね」
「武者、どうしたの?」
「遅いから」
「え?」
「50%オフのシールはとっくに貼られてる時間だし」
街灯の下だと武者の表情がよく見えない。
でもきっといつもの笑顔なんだと思うと、利香はふわっと湧いた自分の感情を消すように武者に駆け寄った。
「武者〜、聞いてよ〜幻のシールがさあ〜」
おばあさんに横取りされた幻の80%オフの弁当やつれない学生アルバイトの話をした。
アパートに向かって2人並んで歩きながら武者は「是非見てみたいな、幻」と笑った。
「芋の茎、まだ残ってる?」
「うん。契約違反にならない程度に残してあるよ」
「やったー」
「重そうだね、荷物」
武者が持ってくれる。
2人の姿をかなり細くなった三日月が見つめていた。