三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
そうでも言わないと面倒臭そうだったし、と武者は何事もなかったように土鍋を出してきた。
コンロをセットしてコタツに乗せる。
それから紙袋を利香に「はい」と渡した。
中を見ると、リボンがかかった大小様々な箱がいくつも入っている。
「会社でもらったよ。たくさんあるからおすそわけ」
「武者、人気だね」
「そうでもないよ」
「だって、手作りもあるよ」
「そうだね」
武者は野菜を抱えて台所に立った。
野菜を洗いながら武者が言った。
「今日は鍋にデザートまである。しあわせだね」
結婚しました、という言葉のあとに「しあわせだね」という言葉は、嘘なのに真実みたいで混乱した。
食事の後、武者が自分の部屋を開けた。
その光景を目にした利香は絶句した。
武者の部屋が冬の森のようになっていた。
枯れ木が所狭しと転がっている。
「な、何?」
「流木」
「なんで、流木?」
「流行ってるんだって。会社の子が教えてくれた」
「流行り?流木を部屋に散乱させるのが?」
「違うよ。ネットのフリマで売るんだよ」
「そこまでするんだ」
「楽しいよ。流木集め」
それじゃあホームレスの空き缶集めと変わらないんじゃない?と利香は思ったが、本当に楽しそうな顔の武者を見るとハッキリとは言えなかった。
「これからアク抜きをしないといけないけどね」
「手間がかかるんだね」
「今度一緒に行かない?」
「どこへ?」
「川」
「集めに?」
「そう。楽しいよ」
これはデートと言えるのだろうか。
空き缶を集めて回るホームレスの男女と大差ないのではないか。
なんとも釈然としないまま、次の休みの日、利香は武者と川に行った。
凍てつく川には人っ子1人いなかった。
白鷺だけが優雅に羽を広げて繕っていた。
だいたい流木自体がなかった。
「武者が全部拾っちゃったんじゃない?」
あの部屋の有り様を思い出して利香はむくれた。
「そうだね」
「そうだねって、じゃあ今日は無意味じゃん」
「そうでもないよ」
武者が川岸の石に腰掛けた。
利香も隣の大きめの石に腰掛けた。
あまりにも石が冷えていて思わず腰を浮かす。
武者は少し暮れてきた空を見上げていた。
「あの部屋は契約で溢れているからね」
「?」
「外だと、あの部屋の中とは別の話しができるよね」
「同じじゃないの?」
「違うよ。あの月みたいに、外から自分たちの暮らしぶりを見てみたら面白いなってね」
空には白く細い三日月が浮かんでいる。
こちらを見ているようでいて、目を背けてもいるようだ。
武者は足元に転がっている小さな木の枝を空に翳して、月の下に合わせる。
まるで小さな枝は利香たちの暮らすあの小さなアパートで、月がそれを見ている感じだ。
それをふたりは見ている。
もしかしたら、武者はこの生活に終わりを告げようとしているのか、とふと思った。
そう思い始めると利香は途方もない不安に襲われた。
困る。
お金が貯められない。
それに・・
あとに続く言葉を胸に押し戻す。
付き合ってもいないのに、武者は気を効かせて別れの言葉はあの部屋ではない場所を、と思ったんだろうか。
利香は震えた。
ガタガタと膝が、手が、唇が。
「寒い?」
どんな言葉でも口にしたらそれと一緒に涙が溢れそうだった。
どうしたっていうんだろう。
何かに脅迫されている。
「利害が一致したって言ったけど、一致してないと思うんだよね」
唐突に武者が言う。
「なんで」
「俺の利害と一ノ瀬さんの利害は違うと思うんだ。俺の利害を一ノ瀬さんに押しつけてるって」
「やだ」
「え?」
「やだ・・わたし、やだからね」
利香の頬に涙が伝う。
「一ノ瀬さん?」
「それって契約違反だからね。契約期間は・・」
興奮しながら話す利香は最後に言葉を失った。
色々契約は結んだのに、契約期間を決めていなかった。
ちゃんと決めていたらもっと強くまだ解除できないと言えたのに。
「一ノ瀬さん?大丈夫?」
「大丈夫じゃない!私、絶対出ないよ、あの部屋」
普通に声は出ているけれど、利香の頬には止めどなく涙が流れている。
「ごめんごめん。なんか勘違いさせた?そういうことじゃないんだ。ただ一ノ瀬さんに負担をかけているんじゃないかなって思っただけだよ」
「負担?」
「うん。もう少しマシな暮らしがしたいとか。俺のレベルに合わせられないとか」
「そんなことないよ。元々合わせてなんかいないし。私は自由だよ」
「そうだね。俺たちは自由だ」
「でも、もう一つ契約し直さなきゃだね」
「何?」
「この契約の有効期間」
「そうか。アパートも更新あるしね。大事なところだな」
「契約期間は」
「うん」
「どちらかに好きな人ができるまで」
武者は目を細めて利香を見た。
そして静かに言った。
「なら、一ノ瀬さんに好きな人ができるまでだね」
コンロをセットしてコタツに乗せる。
それから紙袋を利香に「はい」と渡した。
中を見ると、リボンがかかった大小様々な箱がいくつも入っている。
「会社でもらったよ。たくさんあるからおすそわけ」
「武者、人気だね」
「そうでもないよ」
「だって、手作りもあるよ」
「そうだね」
武者は野菜を抱えて台所に立った。
野菜を洗いながら武者が言った。
「今日は鍋にデザートまである。しあわせだね」
結婚しました、という言葉のあとに「しあわせだね」という言葉は、嘘なのに真実みたいで混乱した。
食事の後、武者が自分の部屋を開けた。
その光景を目にした利香は絶句した。
武者の部屋が冬の森のようになっていた。
枯れ木が所狭しと転がっている。
「な、何?」
「流木」
「なんで、流木?」
「流行ってるんだって。会社の子が教えてくれた」
「流行り?流木を部屋に散乱させるのが?」
「違うよ。ネットのフリマで売るんだよ」
「そこまでするんだ」
「楽しいよ。流木集め」
それじゃあホームレスの空き缶集めと変わらないんじゃない?と利香は思ったが、本当に楽しそうな顔の武者を見るとハッキリとは言えなかった。
「これからアク抜きをしないといけないけどね」
「手間がかかるんだね」
「今度一緒に行かない?」
「どこへ?」
「川」
「集めに?」
「そう。楽しいよ」
これはデートと言えるのだろうか。
空き缶を集めて回るホームレスの男女と大差ないのではないか。
なんとも釈然としないまま、次の休みの日、利香は武者と川に行った。
凍てつく川には人っ子1人いなかった。
白鷺だけが優雅に羽を広げて繕っていた。
だいたい流木自体がなかった。
「武者が全部拾っちゃったんじゃない?」
あの部屋の有り様を思い出して利香はむくれた。
「そうだね」
「そうだねって、じゃあ今日は無意味じゃん」
「そうでもないよ」
武者が川岸の石に腰掛けた。
利香も隣の大きめの石に腰掛けた。
あまりにも石が冷えていて思わず腰を浮かす。
武者は少し暮れてきた空を見上げていた。
「あの部屋は契約で溢れているからね」
「?」
「外だと、あの部屋の中とは別の話しができるよね」
「同じじゃないの?」
「違うよ。あの月みたいに、外から自分たちの暮らしぶりを見てみたら面白いなってね」
空には白く細い三日月が浮かんでいる。
こちらを見ているようでいて、目を背けてもいるようだ。
武者は足元に転がっている小さな木の枝を空に翳して、月の下に合わせる。
まるで小さな枝は利香たちの暮らすあの小さなアパートで、月がそれを見ている感じだ。
それをふたりは見ている。
もしかしたら、武者はこの生活に終わりを告げようとしているのか、とふと思った。
そう思い始めると利香は途方もない不安に襲われた。
困る。
お金が貯められない。
それに・・
あとに続く言葉を胸に押し戻す。
付き合ってもいないのに、武者は気を効かせて別れの言葉はあの部屋ではない場所を、と思ったんだろうか。
利香は震えた。
ガタガタと膝が、手が、唇が。
「寒い?」
どんな言葉でも口にしたらそれと一緒に涙が溢れそうだった。
どうしたっていうんだろう。
何かに脅迫されている。
「利害が一致したって言ったけど、一致してないと思うんだよね」
唐突に武者が言う。
「なんで」
「俺の利害と一ノ瀬さんの利害は違うと思うんだ。俺の利害を一ノ瀬さんに押しつけてるって」
「やだ」
「え?」
「やだ・・わたし、やだからね」
利香の頬に涙が伝う。
「一ノ瀬さん?」
「それって契約違反だからね。契約期間は・・」
興奮しながら話す利香は最後に言葉を失った。
色々契約は結んだのに、契約期間を決めていなかった。
ちゃんと決めていたらもっと強くまだ解除できないと言えたのに。
「一ノ瀬さん?大丈夫?」
「大丈夫じゃない!私、絶対出ないよ、あの部屋」
普通に声は出ているけれど、利香の頬には止めどなく涙が流れている。
「ごめんごめん。なんか勘違いさせた?そういうことじゃないんだ。ただ一ノ瀬さんに負担をかけているんじゃないかなって思っただけだよ」
「負担?」
「うん。もう少しマシな暮らしがしたいとか。俺のレベルに合わせられないとか」
「そんなことないよ。元々合わせてなんかいないし。私は自由だよ」
「そうだね。俺たちは自由だ」
「でも、もう一つ契約し直さなきゃだね」
「何?」
「この契約の有効期間」
「そうか。アパートも更新あるしね。大事なところだな」
「契約期間は」
「うん」
「どちらかに好きな人ができるまで」
武者は目を細めて利香を見た。
そして静かに言った。
「なら、一ノ瀬さんに好きな人ができるまでだね」