三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
いくら説明してもミキは納得しなかった。

 節約目的だけの同居なら、その切羽詰まった原因を話せと聞かなかった。

 どうとでも嘘はつけたけど、武者がいるからそうもいかないと思った。

 できれば武者に事実に反することは言いたくなかった。

 しかも聞かれて困るような話じゃない。

 ミキは契約者じゃないから、利香と武者にどんどん立ち入った。

 詮索して、「ありえない!」と騒いだ。

「だからあ、リカは何のためにこんな男と暮らしてんのかって聞いてんの!」

「あの、その前に、なんでミキはそんなに怒ってるの?」

 ミキはいきなり両手で顔を覆って泣いた。

 あ、その薬指。

 剥き出しの指にあのダイヤがなかった。

 同類として慰めてもらいたかったのに、片やダブル不倫を強要された新妻と知れば、気の強いミキのことだから、錯乱するだろう。

 現に錯乱状態は極まり、鬼と化している。

 ミキがいきなりコートのポケットからダイヤのリングを取り出し、コタツの上に叩きつけた。

 そして利香を睨む。

「これを売ってよ!百万にはなるよ!それでリカが救われるならいいよ!」

 メチャクチャなことを言ってるけど、基本いい子なのだ。

 優しいのだ。

「お金のために訳の分からない男と暮らさなきゃならないなんて、リカ、可哀想!」

 また、うわっと泣く。

 お金のために男と付き合い、男のために泣き崩れながら、ミキは友達を思って泣く。

 武者に目を向けると、優しい目でミキを見ていた。

「ミキ。心配してくれてありがとう。あのね、私、お母さんのために節約してるんだ」

 ミキが顔を上げ、武者も利香を見た。

「私に手芸を教えてくれたお母さん。今、入院してる。手芸作家だったお母さんの憧れは南フランス。そこに自分の小さな雑貨屋を出すのが夢だったんだって」

 ミキがまた下を向く。

「でも、長くないんだよ。だからせめて南フランスに少し滞在できるくらいのお金を貯めて、2人で暮らしたかった・・んだ」

 利香の目から涙が落ちた。

 肝心な時に、よりによって自分の欲望のために、母についていてやれなかった後悔は計り知れない。

 肩を震わせ、号泣しそうになるのを堪えた。

 その時、武者の手が優しく利香の背中を撫でた。

 ヨシヨシ、よく頑張ってるね、とその手は言っている。

 暖かい。

「この部屋、暑い!」

 泣きながらミキが言う。

 利香は思わず武者と目を合わせた。

 今まで以上に柔らかくて暖かい武者の瞳が利香を捉えていた。

「じゃあ、今度はあんたの番!」

 ミキが武者を指さした。

 立ち入っちゃダメなのに、ミキは真っ直ぐ武者を指さしたままだった。

 武者はしばらく黙っていた。

 そして言ったのだ。

「これ以上は聞かないでください。契約違反になります」
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