三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
必要最低限の物しかないガランとした部屋。

冷蔵庫みたいに冷えていた。

二重になっている丸い蛍光灯は1つしかつけていない。

スッキリした明るさのない六畳二間とダイニングキッチン。

分厚いマットレスをベッド代わりした寝床。

箪笥もドレッサーも気に入っていたチェストも売ってしまった。

残っているのは丸い小さな座卓とその上にある大きめの裁縫箱。

毛糸が足りなくなってストップしていた編みかけの手袋。

よく言えば柔らかな明かりの下、わすがに残った物たちが利香を迎えた。

半年前まではごく普通の生活だった。

手芸の専門学校を出て、いつかは母のように講師を目指し、オリジナルの作品を手がける手芸作家を目指していた。

下準備や修行と称して大手の手芸用品専門店に入社したが、販売に回されてからは目標を見失っていた。

それでも、女1人生活するには満たされたいたから、二間もあるアパートを借りたのが約2年前。

まさかこんなことになるなんて夢にも思っていなかった。

今はどうしてもやり遂げなければならない新たな目標を胸に、全力で節約生活に励んでいた。

それにしてもお腹が空いた。

自炊していたが、このところ残業が続き、ストックしてあった食材が底をついていた。

思わず壁を睨みつけ、隣人への再燃した怒りをぶつけた。

壁に何かをぶつける音が何度かした。

当てつけか?

いや、奪ったのはそっちだろ!と利香は長い物差しで壁を叩いた。

しばらく音は止んだが、再び、時々コツとかゴツという何かが壁に当たる音がした。

壁が薄い安普請のアパートを普段の3倍も払って更新しなければならないことへの怒りがまた湧き上がる。

少しだけ湯を溜めたバスタブに飛び込み、利香は頭を抱えた。



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