三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
利香はミキと一緒に職場を出た。
契約終了宣言とともに、鍵はあの部屋に置いてきてしまった。
もうあの部屋へ戻ることはないと思っていたし、帰れるとも思っていなかった。
ただ、武者のあの怖い顔の裏側が見えて、それだけは良かったと思った。
長い何月が過ぎ、もしも武者の記憶があの怖い顔だけになってしまっても、その理由がわかっていれば安心して思い出すことができる。
武者はまだあの部屋での暮らしを続けるんだろう。
そしてタカギミノリにお金を払い続けるんだと利香には簡単にそう思えた。
彼の1番近くで彼自身を見てきたのだからそれだけは自信を持って言えた。
穏やかで優しくて暖かい人なのだ。
自分の苦しみを隠して、茫洋とも取れる暮らしぶりは辛かったと思う。
でも彼はいつも笑顔だった。
極寒を温もりに変える力が彼にはあった。
戻りたいと利香は思った。
でも、自分の母のことを武者が知った時、今までならしなくてもよかった心配をすることになった。
利香がいま戻れば、武者の心を気遣い、それが帰って彼へのプレッシャーになるかもしれない。
いずれにしろ、これでよかったんだ、と利香は無理に自分に言い聞かせた。
「ね、今日はステーキでも食べようか」
ミキがギラギラした目を向けた。
これぞ肉食女の典型。
「でも」
武者との生活は終わっても、母への償いが終わっていない。
まだまだ節約の日は続き、肉など食べている場合ではないのだ。
「奢るよ」
あのダイヤのリングが全て肉に変わる日も近いようだ。
その時、利香のスマホがポロンと鳴った。
開くと、ラインが来ていた。
武者から・・・。
『大家さんから大根を貰いました。ふろふき大根を作ろうと思います』
利香は滲んで流れていってしまいそうに見えるスマホに懸命に目を凝らした。
『すみませんが、契約終了は受け付けられませんでした』
利香は震える手で文字を打った。
「なぜ」
『一ノ瀬さんが帰ってきたら話します』
利香は駆け出していた。
パッカンパッカンとパンプスが口を開ける。
「ちょっと!リカ!」
背中でミキの大声が聞こえる。
雑踏の中、利香はあの小さなアパートを目指して、泣きながら走った。
契約終了宣言とともに、鍵はあの部屋に置いてきてしまった。
もうあの部屋へ戻ることはないと思っていたし、帰れるとも思っていなかった。
ただ、武者のあの怖い顔の裏側が見えて、それだけは良かったと思った。
長い何月が過ぎ、もしも武者の記憶があの怖い顔だけになってしまっても、その理由がわかっていれば安心して思い出すことができる。
武者はまだあの部屋での暮らしを続けるんだろう。
そしてタカギミノリにお金を払い続けるんだと利香には簡単にそう思えた。
彼の1番近くで彼自身を見てきたのだからそれだけは自信を持って言えた。
穏やかで優しくて暖かい人なのだ。
自分の苦しみを隠して、茫洋とも取れる暮らしぶりは辛かったと思う。
でも彼はいつも笑顔だった。
極寒を温もりに変える力が彼にはあった。
戻りたいと利香は思った。
でも、自分の母のことを武者が知った時、今までならしなくてもよかった心配をすることになった。
利香がいま戻れば、武者の心を気遣い、それが帰って彼へのプレッシャーになるかもしれない。
いずれにしろ、これでよかったんだ、と利香は無理に自分に言い聞かせた。
「ね、今日はステーキでも食べようか」
ミキがギラギラした目を向けた。
これぞ肉食女の典型。
「でも」
武者との生活は終わっても、母への償いが終わっていない。
まだまだ節約の日は続き、肉など食べている場合ではないのだ。
「奢るよ」
あのダイヤのリングが全て肉に変わる日も近いようだ。
その時、利香のスマホがポロンと鳴った。
開くと、ラインが来ていた。
武者から・・・。
『大家さんから大根を貰いました。ふろふき大根を作ろうと思います』
利香は滲んで流れていってしまいそうに見えるスマホに懸命に目を凝らした。
『すみませんが、契約終了は受け付けられませんでした』
利香は震える手で文字を打った。
「なぜ」
『一ノ瀬さんが帰ってきたら話します』
利香は駆け出していた。
パッカンパッカンとパンプスが口を開ける。
「ちょっと!リカ!」
背中でミキの大声が聞こえる。
雑踏の中、利香はあの小さなアパートを目指して、泣きながら走った。