三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
鍵がないからどうやって入ればいいか、利香は悩んだ。

 呼び鈴を押せばそこにあの笑顔があることを知りながら、足元の崩れて固まった雪だるまを見ていた。

「あ」

 小さい方の雪だるまに小さなストラップが刺さっていた。

 見覚えのあるストラップは、タカギミノリが利香の勤める手芸店から買っていったものだった。

 そこに鍵がついていた。

 利香はそれを取ると、鍵を差し込んだ。

 回すと鍵がかかってしまった。

 なんだ、開いてたのか、と思ったら泣けてきた。

 ふたりの生活の始まりに戻っている。

 扉を開けると、コタツに武者がいた。

 武者は立ち上がって利香を見つめた。

「おかえり」

 利香は声が出なかった。

 グビグビと喉が鳴る。

「お茶、淹れるよ」

 武者が台所に向かった。

 利香も鼻水を啜りながら武者の隣に立った。

 ヤカンから湧き上がる湯気をふたりして待った。

 少しずつ蒸気があがる。

 やがてピーッとヤカンが鳴った。

 武者が何か言った。

 ピーッが邪魔で聞こえなかった。

 利香は火を止めて武者を見上げた。

 武者はいつものあの笑顔を浮かべて言った。

「俺も好きな人ができたよ」

「うん」

「お互いさまだからね」

 お互いが好きならここにいるしかないよね。

 利香は武者に抱きついて思い切り泣いた。

 武者の優しい手が利香の背中を何度も撫でた。

 
 夜、武者は本を読み、利香は残業の作業をした。

 武者の手が利香の髪に触れ、そのまま抱きしめられた。

 カーテンの細い隙間から三日月が見ていた。

 ふたりだけのその部屋は暖房が効いているみたいに暖かかった。
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