三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
武者はゆっくりと歩いていた。

街灯の下、その歩き方には余裕さえ感じられる。

ベロンと垂れたリュックの蓋が、赤い裏地を出して、まるでザマアミロと舌を出しているように見える。

それを見ていたら猛然と怒りが湧いた。

カツカツとパンプスの踵を蹴って、歩調を早めた。

ところが、右足が足首からガクッと外側に倒れた。

「痛っ!」

しゃがんで足元を見ると、接着剤で貼りつけたパンプスの底が見事に剥がれていた。

今朝、武者が撒いた水溜りに嵌ったせいだ。

水に浸かって接着剤が緩んでしまったのだ。

しゃがんだまま武者を睨みつけようと顔を上げると、武者の膝の当たりが目の前にあった。

さらに顔を上げた。

武者が困ったような顔で利香を見下ろしている。

「大丈夫?」

武者が手を差し出している。

こいつのせいでこうなったのだけれど、ここで手を借りたらカリを作るようでためらった。

「これがお返しとか、言わないよね?」

利香の言葉に武者はキョトンとしていた。

「昨日言ったでしょ。お返しはするって。今日も私から弁当奪ったんだから、お返しは2倍になるよね?」

「言ったけど、2倍って・・あんたもがめついね」

「その手は借りないから」

差し出したままの自分の手を武者が見る。

「ところで武者さん。私ってあなたの好み?」
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