三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
言ってしまってから利香は物凄い後悔に苛まれた。

何を血迷ったのか、と自分に呆れた。

でも、一か八かだ。

利香は武者を見上げたまま、その答えを待った。

「いやあ、突然そんなことを言われても、まだ知り合って間もないし、しかも知り合ったっていうレベルでもないし」

「どっち?好みか、そうでないか」

「まあ、その、どちらかというと好みではないというか」

「好みじゃない!」

「えっ、あの、別に嫌いってわけでもないんだけど、なんていうか」

「好みじゃない!」

「ま、まあ、そうともいえるけど」

「わかった。なら安心してお返ししてもらえる」

「あの、何のことか」

「一緒に暮らしてよ、武者の家で」

「え、ええーっ!」

「ところで武者はアパートの更新、いつ?」

「更新?ええとまだ一年半ぐらい先だけど」

「決まり!」

「ごめん。ほんとに意味がわからないんだけど」

「だから何回も言わせないでよ。一緒に暮らして!」

武者はかなり長いあいだ、路上にしゃがんだままの利香を凝視していた。

「あのさ、気持ちはわかるよ、すごくよく。俺だって更新は怖い。でもさ、だからってそれはいくらなんでも」

「無理?」

「そりゃそうだろ」

「だって私のこと好みじゃないって」

「言ったよ。全然好みじゃない。しかも知り合ってからずっと睨まれてるから怖いし」

「ならよけいにいいじゃない」

「いやいや、全然よくない」

「じゃあ、路頭に迷えっていうわけね。お返しもせずに」

「あ、これ、あげるよ」

武者は50%オフで手に入れた弁当をリュックから取り出した。

「いらない!」

全然好みじゃないとハッキリ言われ、なおかつ無謀だとはいえ必死の利香の訴えすら拒絶され、利香は思い切りフラれた時のように心がズタズタに傷つけられた。

自分でもわかっていた。

世間から見れば、浅はかで我儘でアホらしく稚気をむきだしにした幼児的な発想だと。

でも、ほかにどうすればいいのかも思い浮かばず、ヤケクソになっていた。

冷静に考えれば武者がまともなのだ。

急に馬鹿馬鹿しくなって利香は立ち上がると、武者から弁当をひったくった。

「わかった。お返しはこれでいい」

パカンパカンと底が口を開けるパンプスを引きずって、利香は泣きそうになりながらアパートに向かって歩いた。



< 8 / 33 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop