三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
ほとんど半泣きだった。

お金を貯めるにも、なかなかうまくいかない。

どうしても叶えなければならないのに、ドンドン遠のいていく。

来月はたいして仲が良くもない同僚の結婚式。

上司の母親が危篤だと聞いているから、香典を用意する日も近い。

職場の旅行の積み立て、それにミキも結婚間近かもしれないのだ。

幸せなことや悲しいこと、それらにもいちいち金がかかる。

誰とも関わらずに暮らしていければいいけど、そうしたら金を稼ぐ場を失うことになる。

やり方がまずいのか、貧乏神に取り憑かれているのか。

もうこうなったら引っ越しするか。

敷金礼金のないワンルームを探そうか。

運ぶものもそれほどないから、職場のトラックでも借りてひとりでやってみようか。

部屋に入ると今日は冷凍庫のようだった。

母が昔作ってくれたモチーフを繋いだショールを肩に巻きつけた。

手作りのキルトケットを腰に巻き、かじかんだ手に息を吹きかけた。

この瞬間が1番挫ける時なのだ。

何もかもやめてしまえば楽になる。

暖房をガンガンつけて、明かりの数を増やせばきっと心も温まる。

美味しいものを食べて、色々なところへ出かければ素敵な出会いがあるかもしれない。

薄いカーテンを開けて、窓をほんの少しだけ開けた。

黒い空に切った爪みたいな三日月があった。

でも、やめられないよ、お母さん。

あなたとの約束は破れない。

かなり感傷的になっていたら、呼び鈴が鳴った。

大家の趣味なのか、ドミソミド〜♪のやけに明るいメロディフォン。

大家か不動産屋かもしれない。

幸い明かりは点けていないから居留守を使うしかない。

息を殺し、肩に巻いたショールをぎゅっと握りしめた。

もう一度メロディフォン。

息を殺して身を固くする。

またメロディフォン。

明るいはずのメロディフォンが脅迫のメロディに変わる。

極寒と脅迫と空腹で、もう耐えられない。

利香は思い切り玄関を開くと

「わかりました!引っ越します!」

と怒鳴っていた。
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