惑わし総長の甘美な香りに溺れて
『陽、お前には私の手駒になってもらう。余計なことを仕出かさないように記憶を消して、な』

『は?』


 甲野が何を言っているのか理解出来ない。

 そんな俺から笙に視線を向けた甲野は、感情の無い声で命じる。


『笙、やれ』

『っ!……はい』


 少し迷いのある顔で、でも躊躇うことなく笙は小瓶を取り出して中の液体を布に染みこませた。


『笙? おい、なにするつもりだよ?』

『……』


 罪悪感でいっぱいの目をしておきながら、笙は止まらない。


『クソッ! 離せ!』


 俺を押さえつけている男たちから逃れようと暴れるけど、まだ体が出来上がってないコドモの俺が大人に力で敵うわけが無かった。

 髪も掴まれて、頭が動かせないようにされる。


『ごめんな……陽』


 今にも泣きそうな顔で謝罪の言葉を口にした笙は、手に持った布で俺の口と鼻を塞いだ。

 泣きてぇのは俺の方だっての!

 そんな文句も言えず、俺の嗅覚はピリリとスパイシーな花の香りを感知した。

 むせかえるような、薔薇の香り。
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